ひとりごと、ぶつぶつ

日航ジャンボ機123便墜落事件

日航のジャンボジェット機が御巣鷹山に墜落し、521人が犠牲になった事件から25年が過ぎようとしてる。これはこの航空機が以前にしりもち事故を起こして隔壁損傷したことがあり、その修理が完全でなかったことが主な原因とされている。私もずっとそう持ってきたし、遺族を含めたほとんどの人がそう信じているはずである。しかし、この事件について、実は他に原因があったのではないかと真実を求めて追求を続けているサイトがある。(つむじ風)で、この問題を取り上げすでにシリーズとして44回を数える。読んでみると、確かに当時の政府や関係者に不自然な動きや、発表されないで隠蔽されていることが多いのに驚く。もし本当に真実が隠され、正しく伝わっていないとしたら犠牲になった魂は浮かばれないであろうし、許されることではない。今回の記事より一部引用し、読者にも一緒に考えてもらいたい。

引用開始***JAL123便が、伊豆大島の北を、下田市方面を目指して上昇中、これから水平飛行に移ろうとした途端、相模湾上で、突如、「トラブル」が発生―。
 
 その時刻は、午後6時24分35秒。それは、離陸後、12分ほどの出来事だった。では、この突然の「トラブル」とは、一体何か?
 
 事故調査委員会(略称「事故調」)は、圧力隔壁の破壊によって垂直尾翼が破損した、と発表―。つまり、彼らは、昭和53年(*同事件の7年前)6月2日の同機の「尻もち事故」直後、ボーイング社による修理ミスによって、亀裂(=金属疲労)が進行した、と主張した。
 
 そして、それが、今回の「トラブル」につながり、結果、垂直尾翼を破壊したと“推定される”、と報告した。つまり、日本政府は、「急減圧原因説」と採る。
 
 しかし、日航関係者や同事件の真相究明者からすれば、この説は、甚だ矛盾に満ちている。事実、これは、全くの“作りごと”だと思うのだ。
 
 それは、まさに、ケネディ大統領暗殺事件に関する『ウォーレン報告書』や、9・11事件についての『9/11委員会報告書』同様、全くのフィクションだと思う。
 
 事実、圧力隔壁の破壊は、同重大事件(=大惨事)の結果であって、決して、その”原因”ではない。この真実を、われわれは、直視すべきだ。
 
 では、何が起こったのか? この時、高濱機長が叫んだ。「何か爆発したぞ!」と。
実際、この時、垂直尾翼が、大きく破損した。ほぼ5分の3以上を失った。これを評した著名な航空評論家の関川栄一郎氏が、テレビで述べた。「『無人標的機』が、ぶつかったのではないか」と。
 
 関川氏は、当時、たいへん信頼され、かつ非常に定評のある航空評論家だった。だが、彼のこの言葉は、その後、公には報じられなかった。しかし、大惨事の初期報道にこそ、まさに事件の「真実」が潜んでいる。

 
 同事件の真相究明者の中には、この「無人標的機」を、ファイアービーという人がいる。だが、他に、国産巡航ミサイルSSM-1の(爆薬を搭載していない)演習用ミサイルが、日航機の垂直尾翼を破壊したと主張する人もいる。
 
 しかし、そのどちらにしても、軍事兵器が、垂直尾翼を直撃して、それを大部分破損させたことは、間違いない。
 
 事実、6時18分時点(つまり、かなりの低空状態)で、或る飛行物体が同機を目がけて直進してくるのを、乗客の一人、小川哲氏は、自らのカメラに撮影していた。
 
 つまり、高濱機長や佐々木副操縦士は、衝突が起こる6~7分前には、この飛行物体を、じゅうぶん認識していたと考えられる。何故なら、この時間帯に、同機は、まるで何かから逃げるかのように、猛烈な急上昇をしていたのである。

 では、一体、誰が、この飛行物体(=ミサイル兵器)を発射させたのか? それは、在日米軍による極秘軍事演習中の出来事なのか? それとも、日本の海上自衛隊に配属されたばかりの護衛艦「まつゆき」から発射(つまり、誤射)されたものなのか? あるいは、その誤射さえ、事前に、アメリカ軍によって仕組まれていたものなのか?
 
 正直、私には、「事」の実態(あるいは、真実)は、分からない。しかし、それでも、JAL123便が、日米両国による準軍事行動の犠牲になったというのが、私の偽らざる確信だ。 実は、私には、かつて日航でパイロットをしていた知人がいる。彼の言によれば、日航などの民間航空機が米軍や自衛隊によって、航行中、仮想の「敵機」と目され、度々、軍事訓練の“目標”にされることがあったという。
 
 同事件のあった相模湾上は、まさに様々な航空機が飛び交う、航空路の“銀座”とでも呼ぶべき密集地域だ。そんな空域での軍事演習など、まさに人命軽視の蛮行である。腹蔵なく言えば、悪魔の所業だ。

 
 実際、この”重大事件”を隠蔽しようと画策し、123便の横田基地への着陸を拒否し、2機の自衛隊機を発進させ、遠く御巣鷹(=地元)の尾根まで同機を誘導させた、その命令権者としての中曽根元総理は、当日、一体、何を考え、何を命令したのか?
 
 2機の自衛隊機が、ミサイルで123便を撃墜したという説(池田昌昭氏)もある。また、二つの原爆の様な「きのこ雲」が湧き立つのを見たという、多くの目撃証言もある。
 
 さらには、墜落した123便の機体後部(尾翼付近)に、ミサイルAIM4(オレンジ色の機体)が突き刺さっていたという証言(佐宗邦皇氏の言)さえもある。
 
 実際、ご遺体の識別や鑑識に関わった医師や歯科医師が、「単なる墜落事故の遺体とは思えない」と語っているのを、われわれは、すでに聞いている。

 それゆえ、私は、正直に問いたい。
中曽根元総理、あなたは、あの日、防衛庁、とりわけ航空自衛隊に対して、一体、如何なる命令を下されたのか?!
 
 何故、あなたは、墜落後の乗客の早期救出を命じられなかったのか? 事実、墜落直後、数十名の生存者がいたというではないか。
 
 そればかりか、早期救出に向かおうとした数名の自衛隊員が、待機命令違反というだけで、なぜ、射殺されなければなかったのか?!
 
 加藤紘一氏(当時の防衛庁長官)、当日、あなたは、当時の中曽根総理から、一体、如何なる命令を受けられたのか?!
 
 第一、あなたは、事故当夜、現場の上空まで行っていたというではないか! 一体、何をしに行ったのか? 遭難者を救助する前に、自衛隊が、「大事件」の証拠物件を搬出するのを見届けに行ったとでも言うのか?!
 
 当時の極秘情報を深く知悉していた後藤田正晴氏や藤波孝生氏が亡き今日、あなた方ご両者には、25年前の、あの大事件の真実を、われわれ日本国民に語る義務があるのではないか!

 520名(厳密には、赤ちゃんを含めた521名)の死者―。
 余りにも多い数だ。だが、単に数の多さだけでなく、その御一人御一人の方々に、それぞれの人生が有り、希望が有ったはずだ。それが、あの大惨事によって潰(つい)えてしまった。その、すべての犠牲者の無念な思いは、想像するに余りある。
 
 乗客のK氏を始め、多くの方々が、すでに6時30分の時点で、遺書を書いておられる。尾翼の破損後、間もなく、機内は深刻な事態に陥っていたことが察せられる。トラブル発生から墜落までの32分間、乗客の驚愕と絶望感は、われわれの想像を、はるかに超えている。
 
 だが、そんな絶望的な状況の中、コックピット内のクルーや客室乗務員(当日、非番で、一般乗客として搭乗していた落合由美さんを含めて)の最期までの健闘・献身には、心から
感動する。彼らは、最後の最後まで、乗客のために尽くされた。
 
 しかし、垂直尾翼の大半が破壊されたことで、そこを通っていた4本のハイドロプレッシャー(油圧系統)が全壊し、同機は、全くの操縦不能に陥った。この事態を人間にたとえるなら、突然、大動脈が切断され、大量出血した状態だ。
 
 ダッチロール(航空機が激しく横揺れしながら首を振り、8の字を描くように飛行する状態)とフゴイド運動(航空機が急角度での上昇と下降を繰り返す状態)に悩まされつつも、高濱機長たちは、羽田への帰還を求めた。だが、それは、叶わなかった。
 
 しかし、このような人知を超える極限状況の中で、高濱機長、佐々木副操縦士、それに福田機関士たちは、それぞれの持場で、まさにベストを尽くされたと思うのだ。

 
 実は、この時、操縦桿を握っていた佐々木副操縦士こそ、少年の頃、私が、心から憧れていた先輩である。まさに、「事実は、小説よりも奇なり」である。
 
 佐々木先輩のご母堂は、彼の没後、私の母に、こう語られた。「息子は、戦死しました」と。今、私には、この言葉の意味が、よく分かる。今日、そのお母様も、もう、この世におられない。
 
 今夏、佐々木先輩のご実家の裏庭には、青紫色のガクアジサイが、実に美しく咲いていた。その余りの美しさに、私は、しばし、心を奪われた。今は、ピンク色のサルスベリの花が美しい。
 
 あれから、25年―。
 けれども、ご遺族の方々にとっては、どれほど年月が経とうとも、あの大惨事は、決して過去の出来事ではなく、今も変わらぬ“現実”なのである。

 これら無辜の人々を犠牲にして、一体、何が国家か! 何が政治か! そして、一体、何が「日米軍事同盟」か!***引用終わり

私が政治家という人種を信用しないのは、国民の代弁者として立候補しておきながら、いったん権力を手にすると国民を支配する立場に立って、寄らしむべし 知らしむべからずとばかり真実を隠蔽する側に立つことである。どのような事実であり、国民には知る権利がありどのように判断するかも国民が決めればいいことで、勝手に真実を隠蔽することで権力を維持しようとするのは間違いです。自衛隊のミサイルなのか米軍のミサイルなのかは別にしても、外部からの飛行物体が衝突して事故が起きた可能性が非常に高いのです。真実は隠し通せるものではなく、いずれ明らかになるでしょうが、当時の関係者で真実を知っている人もまだまだ存命してることを考えると、今からでも遅くはありませんから知ってることを是非公表して欲しいと思います。それが犠牲者へのなによりの鎮魂といえるのではないでしょうか。 

追記としてメモしておきます。

日航123便はなぜ墜落したのか


今 日は「8.9」(ナガサキ)65周年である。冒頭の写真は、私の1年ゼミ(2009年度)の女子学生が平和記念式に参加するため広島を訪れ、「8.6」(ヒロシマ)65周年の朝焼けを撮影したものである。式典には、国連事務総長や駐日米大使が初参加するとともに、「広島平和宣言」が「核の傘からの離脱」を日本政府に求めるなど、 「核兵器のない世界」に向けた新しい兆候も生まれている 。この問題についてはまた別の機会に論ずることにして、今回は「8.12」の25周年について書いておくことにしよう。


「あの日」から四半世紀を迎えるにあたり、遺族の著書や近況などを紹介する記事が新聞に載るようになった。特に、「8.12」の来る今週は、関連した特集がテレビや新聞をにぎわすことだろう。 そのことを見越して、私は「8.12」の4カ月前に、少し早めにこの問題を取り上げた 。なぜならこの問題は、私自身、長年疑問に思ってきたことだからである。


4カ月前の「直言」で 、「123便」に乗務したグループに所属していた元日航客室乗務員、青山透子さんの著書『日航123便 あの日の記憶 天空の星たちへ』(マガジンランド、2010年4月刊)について紹介した。その後、 本書のホームページが開設され、そこに読者からの感想も書き込まれるようになった

出版以来メディアのなかには、青山さんに取材を申し込む動きが何件かあったものの、これまでのところ大きく取り上げられることはなかった。 『読売新聞』7月5日付夕刊が「だれもが責任を問われることなくうやむやにされてきた事故の原因や経緯を、当時の報道を丹念に追い、関係者たちの取材で迫った労作」と評価し、 また、「四半世紀を経てなお残る深い闇」と題する書評(『週刊金曜日』2010年7月30日号)が出た程度である。本書のタイトルから、あるいはザッと読んだ印象から、「日航側にいた人間」の回想録と受け取られてしまう傾きがないとは言えない。 だが、読んだ方は直ちに納得していただけると思うが、著者がこだわったのは、「123便はなぜ墜落したのか」である。 著者は、驚くほど丁寧に、粘り強く調べた当時の新聞や、関係者への取材などをもとに、このテーマを執拗に追っている。客室乗務員としての青山さんの体験や亡くなった先輩・同僚についての叙述があまりにインパクトが強いため、「なぜ」の方が見えにくくなってしまう面があることは否定できないものの、「なぜ」にこだわる著者の執念と意志は十分に伝わってくる。ここでは、本書の問題提起のなかから、5つの「なぜ」について触れておこう。

 第1の「なぜ」は、墜落の原因とされた「後部圧力隔壁損壊」説をめぐってである。私自身が見聞きした範囲でも、「123便」墜落をめぐって、本当に多くの人がこの説に疑問を表明している。運輸省事故調査委員会報告書は、「後部圧力隔壁が損壊し、引き続いて尾部胴体・垂直尾翼・操縦系統の損壊が生じ、飛行性の低下と主操縦機能の喪失をきたしたために生じたものと推定される」という結論だったが、これは説得力がまったくなく、私が地方講演で出会った方によれば、航空整備関係では、「後部圧力隔壁損壊」説をまともに信じる人はいないという。

加えて、1986年10月26日のタイ航空機事故が、「なぜ」の一つの側面を明確にしている。タイ航空機は高知上空で機体後部の圧力隔壁が損壊し、大阪空港に緊急着陸した。その時、機内で何が起きたか。ドーンという爆発音とともに、機内与圧が急激に低下。白い水蒸気のような気体が充満し、乗員、乗客が一瞬で航空性中耳炎になった。だが、123便の場合は急減圧が起きず、白い水蒸気のような気体が生ずることもなかった。つまり、事故調査委員会の「後部圧力隔壁損壊」説は、タイ航空機事故により事実上破綻したと言えるだろう。詳しくは本書を参照されたい。

 第2に、「墜落現場の特定がなぜ遅れたか」である。本書によれば、墜落の20分後には、現場は特定されていたことになる。なのに、NHKニュースは墜落現場について二転三転する報道を行った。埼玉県三国山、長野県御座山、群馬県上野村小倉山、同ぶどう峠。これらは御巣鷹山から8~10キロの円のなかに入る。当時の上野村村長、黒沢丈夫氏(元海軍少佐、零戦パイロット)は、青山さんの取材に対して、墜落地点の計測ミスに怒りを隠さなかった。零戦時代の知識でも特定可能なのに、現在の技術で墜落地点が特定できないはずはない、と。なぜ墜落現場の特定が遅れたのか。それは「遅らされていた」のではないか。救助隊を分散させ、数時間にわたって、御巣鷹山に誰も近づけないようにする何らかの「作為」が働いたのではないか。本書によれば、黒沢元村長をはじめ、救援にあたった地元の方々のなかには、この点についていまも疑問を抱いている人がいる。

第3の「なぜ」は、上記と関連するが、救助の遅れである。自衛隊が到着するのは12時間後である。これについて本書は、『星条旗新聞』1985年8月27日付に注目する。米空軍第345戦術空輸団所属の中尉が、C130輸送機で横田基地に向かう途中、123便の緊急無線を傍受。御巣鷹の尾根に煙があがるのを目撃している。すぐに米軍の救難チームのヘリが厚木基地から現場に向かい、午後9時5分に現場に到着。隊員が現場に降りようとしたのだが、在日米軍司令部から「日本側が現在現場に向かっているので帰還せよ」という命令を受け、救助活動を中止して帰還する。生存者の落合由美さんは、「救助ヘリコプターが上空で回っているのがわかった。手を振ったが気付いてくれなかった。自分の周りでは数人の子どもたちの声が聞こえたがそのうち聞こえなくなった」と述べている。なぜ、救難ヘリに帰投が命じられたのか。自衛隊は本当に夜間に到着していなかったのか。最も早く現場に到着したはずの地元消防団員たちは、彼らが朝9時頃現場に到着したところ、「自衛隊員がすでに山の上から降りてきた」という。彼らは一体、いつ現場に到着したのか。

 第4に、なぜ遺体は黒こげだったのか、である。ジェット燃料はJET-A/40という灯油の部類でケロシンというが、マイナス50度の上空でも凍結しないように、灯油よりも純度が高く、水分が少ない。燃料は主翼内の区切られたタンクに入っているが、大気中に出たケロシンはガス化しやすく、煤(すす)も出にくい。にもかかわらず、主翼の燃料タンクから遠いところに投げ出された遺体が炭化している。遺体が集まっていた所で黒こげ状態が激しかったという。

 当時、遺体の歯形で本人確認を行った大國勉氏(歯科医師、群馬県警察医会副会長)に、青山さんは何度もインタビューを試みている。「私は群馬県警察医として千体ほど焼死体を見てきたが、それでも歯は『すす』で黒くても、裏側や一部は白いままだし、骨もそこまで燃えていない。なのに、あの事故の時は骨の奥まで炭化するほど燃えていた。…二度焼きしたような状況だ」。周囲の木々が幹の中までは燃えていないのに、遺体だけが骨の芯まで焼かれているのはなぜか。群馬県の検視報告書において担当医が「二度焼き」という言葉を使ったことは、ただごとではない。詳細は本書に譲るが、遺体の惨状はジェット燃料の火力のせいだと思い込んでいた私は、この箇所を読んだとき鳥肌がたった。


第5に、123便墜落の決定的な「なぜ」である。『週刊現代』8月14日号は、この点に関する本書の問題提起を4頁にわたって大きく取り上げている。タイトルは「JAL機墜落25年後の真実」。本書のグラビアにも掲載されている写真で、父母と妹の3人を失ったA氏から提供されたものである。そこに「何か」が写りこんでいる。これはA氏の父親がR5(右側最後部)ドア近くの窓の外を連続撮影したうちの1枚である。最初の方は、窓の外の普通の風景で、これを撮影したのはA氏の妹で、旅の思い出として撮ったものとされる。だが、その次(10枚のうちの5枚目)から不思議な写真が続く。窓の外に異変を感じ取り、それを確かめるように何度もシャッターを押しているようにも見える(『週刊現代』の著者インタビューより)。

青山さんはパソコン上でこの写真を拡大していったところ、オレンジ色に変色していったという。画像処理の専門家にこの写真の検証を依頼したところ、「円錐もしくは円筒のようなものを正面右斜めから見たようなイメージで、この物体はオレンジ帯の方向から飛行機の進行方向に向かっているように見えます」という。ネガを直接鑑定すれば、この「オレンジ」の正体も分かるだろう。123便は「横」からのG(圧力)によって機体が揺れている。「後部圧力隔壁損壊」では横揺れは起きないという。この「オレンジ」が右方向から123便に接近しているとすれば、この「オレンジ」と123便墜落との間に重要な関連があるとは言えまいか。

これらが解明されるまでは、25年たってもなお、日航123便の520人に対して、「安らかに眠ってください」とは到底言えないのではないか。123便の右側から接近する「オレンジ」の正体をはじめ、いくつもの「なぜ」に対してきちんとした解明が求められている。メディアの真摯で本格的な取材が求められる所以である。

http://www.asaho.com/jpn/index.html

日航ジャンボ123便 垂直尾翼のカラー写真   第5話 みつからなかった70%
http://www.asyura2.com/10/lunchbreak41/msg/519.html

http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/1472.jpg
日航ジャンボ123便の垂直尾翼の鶴丸付近に
オレンジエア
が突き刺さっている様子のカラー写真である。

http://plaza.rakuten.co.jp/topsecretx/diary/200802260000/


これは、後部胴体近くでも容易に出てくるものである。 
http://www.youtube.com/user/123ja8119osutaka#p/u/3/2D0hvAeNk0Y  





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by 892sun | 2010-08-12 10:53 | Trackback
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