ああ人生、我が心の命ずるままに
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昨日からの続きです。阿佐ヶ谷にアパートを借りたが3畳一間で自炊もできないので、食事は全部外食だった。デザインスクールを終えて阿佐ヶ谷にたどり着くと駅前にスナックがあって、そこでスパゲティー・ナポリタンを食べる。たしか100円か120円だった。店主は元プロボクサーで、私のことをカクちゃんと呼んで可愛がってくれた。私の名前はカクとも読める。

毎晩通っているから知り合いも増えて、注文したのはスパゲティー一皿なのに、酔っ払って帰った。お酒の味を覚えたのも、童貞を捨てたのも阿佐ヶ谷だった。相手もバージンだった。気がつけば妊娠していたが、とても子供を育てられないことは分かっていたので堕した。そして別れた。甲斐性のない自分が悔しかった。哀しかった。

ハウスドライバーの仕事もなくなってデザインスクールにも通えなくなったが、この仕事を紹介してくれた先輩が責任を感じたのか、独立するから手伝ってくれといわれたので雇ってもらうことにした。仕事はやはり写真関係だったが、見通しが甘くすぐに行き詰った。そんな時、デザインスクールのクラスメート(彼は私生児だったが、母親のパトロンがお金持ちらしくて新宿でロシア料理のレストランを経営しながら学習院に通い、なおかつデザインスクールにも通ってきていた)の彼女から原宿での焼き鳥屋のアルバイトを紹介してもらった。

彼女も面白い女性で、日活の裕次郎を取り巻く青春俳優、HN,MT(彼らは兄弟)そしてHNとYMは後におしどり夫婦として有名、などの作る独立プロのマネージャーをしていた。毎晩焼き鳥を焼いて酔客の相手をしていたが、この焼き鳥屋を経営する女性(この人も或る代議士秘書の東京妻)がタレント養成のプロダクションを作ると言い出して、そちらも手伝うことになった。

事務所は青山。ピアノを入れて歌手志望の人にレッスンをしたり演劇の勉強などを始めた。始めは員数合わせでちゃっかり私もレッスンに加わったり、その他大勢のタレントの仕事などは参加もした。ギャラが出れば何でもやった。宣材用のプロフィール写真は私が撮った。そこで演技の指導をしていたのがSと言う人。焼き鳥屋の客でもあった売れない役者。声は太くて素晴らしくいいので洋画やアニメの声優などもやっていた。この人のかみさんの実家は映画機材のレンタルやら修理をしていたこともあってアニメーションにも詳しかった。役者だけでは食えないのでアルバイトをしていたのだろう、どこで覚えたのかアニメの撮影も知っていて、アニメ撮影のアルバイトがあるとアシスタントに連れていってくれた。

映画撮影でもアニメ撮影は特殊撮影ということになる。1秒24コマで動くモーターを付け替えて1コマずつ撮影できるように改造し、クレーンのようなスタンドで吊り下げて、下のテーブルにセットした動画を1コマずつ根気よく撮影していく。もともと写真技術の素養はあったから、手伝っているうちに自分でも出来そうな気がしてきた。カメラのムーブメントが分かればフィルムが長尺に代わるだけだ。そこで、アニメカメラマンの募集を知って面接にいった。アシスタントは給料が安いことを知っていたからカメラマンとして応募した。今にして思えばいい度胸をしていたものである。これがアニメーション・カメラマンとしての私の第一歩ということになった。

最初の作品はテレビ用のアニメ「赤き血のイレブン」というサッカー漫画を原作にしたもの。アニメ撮影は素人だったがなんとか誤魔化してカメラマンになりきっていた。しかしテレビ作品も次の作品の製作が決まらないとまたお払い箱になる。次に就職したのはテレビ制作会社ではないアニメ専門の撮影スタジオだった。「田舎っぺ大将」やら「ガッチャマン」など撮った。ここのボスは電通の特撮カメラマンだった人で実写も撮れる。空撮でヘリから東京上空を撮る仕事があった時、アシスタントに使ってもらった。高所恐怖症で、高いビルから外を見ただけで足がすくむのに、ヘリだと空を飛んでいるようで全然怖くなかった。何故だろう。

このスタジオに撮影の依頼に来ていたのが九里洋二氏などと並ぶ日本というより世界に知られた有名なアニメーターだったRK氏。ゲバゲバおじさんは自画像だともいわれている。彼に信頼されて独立を果たし、彼の作品を一手に撮影するようになる。これが第三の転機になった。

18歳で上京した紅顔の美少年も、その頃すでに25歳を過ぎて三十路にさしかかろうとしていた。40年も前の出来事が昨日のことのように蘇る。光陰矢の如しである。

昔のテレビは面白かったなあ

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by 892sun | 2011-10-26 10:39 | Trackback | Comments(1)
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Commented by ティコティコ at 2011-11-03 12:16 x
『店主は元プロボクサーで・・・・・』その店はチャンピオンと言う名ではないでしょうか?

私はその頃80年初頭赤坂でレストランをしていて友人の住む阿佐ヶ谷でよく飲みました、チャンピオンの上に『どらねこさん』というスナックがありピアノのある広い店でした飲んで騒いで中にはケンカになり隣の空き地で30分ほど殴りあい二人でフラフラ担って戻ってくる客もあり、皆若く力をもてあまし何の根拠もない未来に大きな夢を持っていました。
今の若者とは少し違う気がします。
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