深まりゆく秋の中で思索にふけるなんて絵になりますね。秋は哲学の季節なのですよ。昔、ラジオで「今日の続きは昨日の続き、今日の続きはまた明日」なんて番組を永六輔、前田武彦なんかがやっていたのを思い出しながら書いています。今日の続きは昨日の続きですが、死んでしまったのに、何故意識が戻るのか納得できないでいる方々のために意識について説明しましょう。
意識というのは何層ものレベルに分かれていて、私たちが普段の生活のなかで感じることのできる意識を表層意識といいます。思考ともいいます。この意識は脳が司っていますから、死んでしまえば、もう戻ることはありませんが、肉体から意識本体が離れることによって、その下にある意識が目覚めるのです。意識本体は脳が作り出しているのではないのです。
意識そのものは形あるものではありませんが、形容する例えとして海に浮かぶ氷山を使います。氷山は海面上に8分の1ほどの姿を見せています。生活するうえで私たちが使っているのは、その8分の1の、さらに表層の部分だけです。内側の部分が潜在意識と呼ばれる部分です。それだけで、今回のパーソナリティーを表現するには充分なのです。
私はなるべく分かり易く説明するために意識という言葉を使っていますが、この言葉を魂と置き換えてもいいし、霊という言葉に置き換えても大きな間違いではありません。私たちの本質は、実は、体ではなくて、この意識こそが自分そのものなのだということを理解していただきたいと思います。また、この意識こそが永遠に続く生命ですから、私たちは永遠に生き続けるのだということです。
再び繰り返せば、死ぬということは、肉体という自分を表現する道具が使用不能になったために、自分が抜け出すということです。自分という意識は生命と同義語だと説明しましたね。肉体から生命が離れるから、肉体は朽ちて腐敗してゆくのです。蝉のぬけがらのような肉体の中には、あなたはもう存在しないのです。私たちの本質は体でも脳でもなく、意識生命体なのです。