第30話 生と死の挟間で
衝撃はあったが、痛みはなかった。不思議な感覚だった。僕は数メートルの高さから、雨に濡れた道路にころがっている血だらけの自分の体を見下ろしていた。ヘルメットは吹っ飛び、上半身と下半身がねじれるように折れ曲がっている。頭からは夥しい血が流れ出している。ガードレールに突き刺さったバイクの車輪はまだ力なく回転していた。
見通しの悪い小雨に煙る国道をバイクで急いでいた僕は、前の車のかけた急ブレーキには反応したのだが、後輪がスリップして後ろから来た大型ダンプに接触し、跳ね飛ばされた。まったく一瞬の出来事だった。 やがて救急車がやって来て、僕の体は車に運び込まれ救急隊員が酸素吸入などの応急処置をほどこしてながら、サイレンもけたたましく病院へ搬送された。僕は自分の体についていった。そして緊急手術の一部始終もすっかり見ていた。すでに心臓は止まっていたが手術が成功すれば、元どおりになり生きかえれるものと安心していた。これが臨死体験というものだ、などと納得さえしていた。しかし、蘇生のためのあらゆる処置が施されたが、結局僕の心臓が再び鼓動を打つことはなかった。手術を担当した医者が力なく首をなんどか横に振った時、僕は死んだことになったのだった。えー、嘘だろう。僕はまだ18歳だよ。やりたいことがいっぱいあるのに・・・。 父母と院長が別室で話をしている。院長が僕の臓器を提供してくれるように言っている。そうだ、僕はドナー登録をしていたのを忘れていた。悲しみをこらえながら、父も母も僕の臓器が誰かの役に立ち、その人のなかで再び生き続けることが出来るのならと、臓器提供を承諾した。もちろん僕もそのつもりでドナー登録したのだから承諾することにした。お父さん、お母さんごめんなさい。もう生きかえることは出来ないのだったら、誰かのなかで生きてみるのも面白い。事故に遭うまでは僕は全くの健康体だったから傷ついてない臓器は使えるはずだ。すぐに解体作業が行われ、心臓、腎臓、角膜など移植できるものが取り分けられ移植先の病院へ搬送するよう手配された。しかしまるでまぐろの解体作業のようで見ていて気持ちが悪かった。 部品は新鮮なほど成功率が高いという。その日のうちに心臓は横浜に住むYさんという40歳になる女性に提供された。腎臓は仙台の25歳の男性Iさん、角膜は高知の6歳の少女Uちゃんに移植された。僕は一応所有者としての責任上それぞれの手術にも立ち会った。まったく場所は離れていたのだけれど、見たいと思った瞬間、そこにいた。僕の心臓とYさんの動脈が繋ぎ合わされて血が流れどっきん、どっきんと動きだしたのには感動した。思わずYさんの手を握り、おめでとうを言った。麻酔で深く眠っているはずのYさんが力強く握り返してくれた。 普通はドナーが誰なのか知らされることはないという。僕はそんなのは嫌だ。それで手術中の深い睡眠中に僕は彼らの意識の中へもぐり込み、きちんと挨拶だけは済ませたのだ。僕という人間がこの世に存在していたこと、僕という人間はもういないけど、その部品は生きていて、あなたたちの中で生き続けること。よろしくお願いします。そしてどうか大切にしてください。3人とも僕が現れたので驚いたみたいだったが、すぐ友達になれた。そしてこれからも夢のなかではいつでも会えることに決めたのだ。 終 ご感想をお待ちしています。 秋色に染まる恋人たち3
by 892sun
| 2007-11-22 14:32
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