ひとりごと、ぶつぶつ

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犬のおかげ。

私は、もう東京に住んでから40年以上になります。幾たびか引越しをしましたが、現在住んでいる杉並区が一番長い。二十歳ごろ、最初に一人暮らしを始めたのが文人の町、阿佐ヶ谷で、他の区に住んだこともありますが、結局杉並区へ戻っています。都心に近くて便利だけれど、まだ静かな環境が多くて落ち着きます。住宅地として指定されているので、マンションも大きな道路沿い以外は3階以上のものは建てることができません。ほとんどが戸建の住宅が多いのです。

近くには善福寺川が杉並区を横切るように流れていて、その両脇は都立の公園として、古くから整備されていますから、欅、ユリノキ、楠などの大木が茂り、川辺にはいろいろいな種類の桜が植えられていて、散歩には最高です。朝夕には犬連れの人たちで賑わいます。近頃はやっとペットOKのマンションも出来てきましたが、やはり犬を飼っているということは、戸建の家に住んでいることの証明のようなものです。

5年ほど前、私が便利屋さんをしていた頃も、犬の散歩の仕事が一番多く、一日、10頭ぐらいを散歩させたこともあります。犬の世代交代は早く、今では、その頃の犬に会うのは少なくなりましたが、犬好きの方は飼っていた犬が亡くなっても、またすぐに次の子を飼うことが多いので、リハビリを兼ねて散歩していると、昔、散歩で知り合った犬友達の方々と出会います。

ついこの間、中にはアパートのオーナーもいらっしゃるのではないかと、ふと、思ったので、私の事情をお話して、どなたか安い部屋か、アパートを貸してくださるような方はいないかと、聞いてみたのです。そうしたら、ラッキー、あったのです。現在の私の事情を察してくださって、区の補助金の範囲内で貸しても良いと、おっしゃって下さった方が。4畳半、6畳の二間にバストイレ、現在の部屋より、キッチンは狭いけど、築20年で、今のとこよりゼンゼン新しい。

区から提示された金額は、通常の不動産屋さんの商取引なら、おそらく4畳半一間バスなしぐらいの部屋しか借りられない金額ですが、それでも良いとおっしゃって下さいました。なんて運がいいんでしょう。こういうのをツイてるというんでしょうね。早速オーナーのお家と不動産屋さんにご挨拶に行ってきました。部屋の場所は現在の部屋から近く、自転車で5分くらい、気になっていたJCOMのラインも来ているそうですから、電話番号も、メールアドレスも変更なして引っ越せそうです。
by 892sun | 2006-10-31 18:39 | Trackback(1)

お天道様は見ているのにな。

二度の手術費のほとんどを税金で負担してもらった身としては、あまりこの国の批判はしたくないのだけれど、この国を支える、国民の僕である公務員の意識レベルの低さには悲しくなってくる。政治家や警察官しかり、がっこの先生や公的機関の職員。もちろん、事件になって表沙汰になるような人たちは極めて稀で、ほとんどの公務員はまじめに働いているのだろうけれど、こうも次から次へと新聞沙汰になると、やはり公務員なんてと思いたくもなるのだよ。

同じサラリーマンでも、今や私企業に勤めるサラリーマンは昔のように、時間労働を会社に売って賃金を得ているような企業は減ってきて、一人一人の自営業者が組織に属して、その能力のよって会社と雇用契約を交わして収入の額を決めるような会社が多くなった。サラリーマンのプロ化である。終身雇用の保障はなくなったが、能力が高ければ同業他社からのスカウトもされるから、どんどん自分を高く売ることもできる。

方や、警察官や学校の教師のようなサラリーマンといえば、最初に資格試験があるとはいえ、採用されれば、よほどの失策がない限り、所属する組織のなかをうまく泳いで渡れる能力さえあれば、世の中がどんなに不景気だろうと、生活が脅かされる心配はないし、一応表向き尊敬されてるようには扱われるので、僅かなプライドさえもくすぐられて肩で風を切って歩くのも自由である。

数字の上だけは景気が良いことになっているそうであるが、我々一般市民にあたる風は冷たく、常に緊張感のある生活を強いられているのに、この公務員と称する人たちには全く関係なく、身分も保証され、年金も保証されているから、こんな時代にも緊張感も危機意識もないから、こんな呆れたような事件が起きるのだろう。

社会正義を守り、取り締まる側の警察官の相次ぐ不祥事。社会正義を教え、行動しなくてはならない教師たちが、自ら不正義を行っていては教師の資格はない。先人の血の滲むような努力が差別をなくしてきたのに、組織の力を後ろ盾にして甘い汁をすする職員。今や国民の代表たる政治家でさえ、必ず裏では悪いことをしているとして、誰も信じてはいない。誰か統計をとったらどうか。きっと犯罪者の比率は公務員に一番多いにちがいない。どこもかしこも、バレなきゃ何でもありの世の中になってしまった。その場を取り繕ったとしても、必ず不正はバレる。バレなかったとして、播かれた種は必ず自分で刈り取ることになるのだということを忘れてはならない。日本人よ、お天道様はいつでも、どこでもあなたを見ていることを忘れるな。
by 892sun | 2006-10-29 16:00 | Trackback(1)

日本シリーズやってたのね。(苦笑)

私にとってはそれどころではない状態でしたが、一応気にはなっていたのです。プロ野球の日本シリーズですよ。我がドラゴンズはしこたま貯めた貯金のおかげで阪神タイガースの猛追を振り切りましたが、後半はもたもたで、シーズン前半の強さが見られませんでしたので、危ないなとは思っていましたが、その通りになって4連敗。一つは勝ったものの、まったく見せ場を作ることさえ出来ず完敗です。

昭和29年以来、リーグ優勝することはあっても日本一にはなれません。なぜかパリーグの野球にメチャ弱い。金やんロッテとやった時など、戦力分析しても負けるはずがないとそろって評論家の下馬評だったのに、このときも1勝4敗。それ以来、私は伝統的に、このチームはパリーグの野球とは合わないのだと思っています。今年は交流戦では5分以上の成績を残しましたので、可能性は、ないわけではなかったのですが、なにしろ、その頃の強さは消えていた。

チームの完成度といえばかなりのもで、セリーグの中では一番ですが、ここ一番というチャンスに弱いんだな。ファイターズも同じようなチームだけど混戦を制してきただけあって勢いがあった。投手力も一枚上だった。最初から最後まで、盛り上がらないまま、真綿で首を絞められるように、じわじわとやられていった。まあこれで、底冷え経済の北海道を少しは潤したのだろうか?全国的には皆、無関心で淋しい日本シリーズでしたね。
by 892sun | 2006-10-27 13:57 | Trackback

早く、良くなれ。

入院中は世の中どうなってるのかとかよりも、少しでも早く楽になりたい一心でしたが、誰かの読んだ新聞やら、有料テレビのスイッチを入れてみれば、相も変わらず能無しマスゴミがどこもおんなじニュースのたれ流しをやっているようだし、バレなきゃ幸いと社会不正義が大手を振っている。奈良の開放同盟がらみの事件は酷いね。こういうのを人間の屑というんだよ。イーホームズの藤田さんも、こんなになっちゃってから正義に目覚めたようだけど味方が「きっこ」だけじゃどうにもなりません。佐倉宗五郎並に安倍首相めがけて国会議事堂で上訴に及んだようだけど、切られた蜥蜴の尻尾じゃなあなあ。私も応援してあげたいけど、まだエネルギー不足ということで・・・。耐震偽装に関心のあるかたはこちらからどうぞ。

入院中は当たり前でしたが、帰宅してからも毎日体温やら血圧やら体重やらを計測しています。以前と較べると、体重は5キロ落ちまして67キロです。手術してから1週間は何も食べられませんでしたが、点滴が入っていましたので体重は落ちなかったのですが、一般病室に移っておかゆを食べるころから急激に落ちました。出たってほとんど食べられませんでしたからね。そもそも、太めではありましたから、先生にはいっぱい食べてと言われつつ、内心good chanceとばかり、ほとんど残してましたが、寝てばかりだからお腹も空きません。

血圧も術後はずっと低め安定です。以前は降圧剤やら血液さらさら薬やらを、朝晩たらふく服用していたのに、今は血圧関連の薬はいっさいなし。便が硬くなるのを防ぐための下剤とか、鉄分補給薬、胃の保護のための胃腸薬などです。患部を切除することで、高血圧の要因が取り除かれたということでしょうか?昨日、術後の様子を見るためにCTスキャンを撮りました。この映像を11月2日に志水先生に見てもらって、その後のことが決まります。まだ体をねじったり、咳、くしゃみなどすると激痛が走りますので、風邪だけには気をつけています。外出から帰ったらすぐイソジンでウガイです。

今後のことですが、近々引越しをしなくてはいけなくなりました。ぼろ家ですが広いので、生活保護では家賃が高すぎるのです。どこか近所を探してもらいます。体も回復して落ち着いてきたら、前々から考えていたことを実行しようと思っています。生活費を稼ぐために時間を浪費しなくてすむのですから、その分世間に貢献しなくてはいけません。私に出来ることといえば、スピリチュアリズムを広く世間一般の方々に知ってもらうことしかありません。ホームページはネット説法のつもりで始めたものですし、今度は実際に日本全国を歩いて、関心を持っている方々を相手にお話が出来たらいいなと思っています。
by 892sun | 2006-10-26 15:47 | Trackback

かいま見たもの。

手術は3階で行われ、終わると4階のGICU(中央集中治療室)そして7階のCRCU,一人でトイレに行けるようになると一般病室と順次に移されます。意識が戻ったのはもちろんGICUで、人工呼吸器他スッパゲティー人間状態ですかから、話すことも身動きもできません。一番苦しい時です。前回は一日で意識が戻りましたが、今回は手術から4日目で、思い出しても時間が止まったような状態で、これからはさぞ辛いだろうことを考えていました。

出来ることといえば、思考することぐらいですから、頭の中を次から次へと思いが巡ります。止まった時間を過ごすことは本当に辛いのですが、今回は右側に窓が見えて、外の明るさが伝わってきました。昼か夜かぐらいはそれで分かりました。そのうち、視界のほとんどを占める天井が何かの模様のように見えてきました。壁や天井をじっと見ていると、模様が人の顔や動物や景色などに見えることが誰にもあると思いますが、その時も、そんなものなのだろうと思っていました。

呼吸器をつけていますから、もちろん眼鏡はしていませんので、もしそれが天井の断熱ボードの模様やしみなどであれば、ぼんやりとしか見えないはずだったのですが、なぜかキチンとピントも合っていてはっきり見えるのです。天井は平面ですが、見えているものは奥行きもあり立体的なものでした。それはときに、風景のようであったり、パターンであったり、イラストレーションのようなものもありました。曇りのない銀一色であったり、極彩色であったりしました。見たこともない美しい花も咲いていました。葉も花も鮮やかでしたが、なによりも透明感がありました。それらのものが静止しているのではなく、躍動しているのです。夢をみていたのではありません。目を閉じると見えなくなってしまうからです。

10月1日までGICUにいて、2日からはCRCUに移されました。CRCUではもっと不思議なことが起きました。消灯時間は9時ですが、部屋の明かりが消されると、CRCUの天井や床にびっしりと経文であろうかとおもわれるような文字がびっしりと浮かびあがってくるのです。消灯といっても、24時間介護で、介護士や医者のデスクは明るくなっていますから、暗闇ではないので、床や天井もはっきりと見えます。そこに文字が書かれているのです。CRCUに移って呼吸器は外されていましたので、眼鏡をかけて見てみましたが、眼鏡にはまったく関係なく、部屋の隅々までしっかりとした焦点があって文字が見えます。

無学な私には、どんな経文で何が書かれているのかは分かりませんでしたが、肉体の目で見ているのではないことが分かりました。体の波動が落ちていたので、霊の目が働いていたのです。若くて綺麗な看護士さんがきたので、そのことを言ってみたら、もっと驚くことになりました。その看護士さんは「あら怖いわ、本当なの?前にも同じことを言った患者さんが何人かいたわ。」どうしてこんな現象が起きているのかは理解できましたが、なぜ経文が書かれた世界がこの部屋を包んでいるのかは分かりません。多分日夜患者のために、回復を願って働いているスタッフの治療エネルギーが部屋中を満たしたために、起きているのではないでしょうか。

10月4日は私の63回目の誕生日でした。その日、私は一般病棟に移りました。点滴の管が一本ついていましたが、それ以外は全部外されていました。それ以後、そのような現象は見ていません。GICUもCRCUも一般病室も同じ断熱ボードが天井に貼ってありますが、いくら目をこらしてもダメでした。運良く4人部屋の外側で、窓を開けると神宮の杜や都庁舎が見えます。10月7日は台風一過、遠く西の空に初冠雪に薄化粧した富士山が顔を見せてくれました。こんな時ほど、この山を見ると希望が湧いてくるのでした。
by 892sun | 2006-10-23 11:22 | Trackback(4)

時間の挟間を漂って。

麻酔などは、長くても24時間ぐらいで切れてしまうものですが、今回の手術で72時間も意識が戻らなかったのは、前回よりかなり危険な箇所を切っているからというより、多分、想像にすぎませんが、私が肉体に戻ることを嫌がったのではないかと考えています。「もう、あんな辛い世界には戻りたくないよう。」と駄々をこねる私に、「いいや、あなたは戻らなくてはいけない。あなたにはまだ成すべきことが残っている。」と説得する背後の皆さん。それでも嫌がる私に対して、「ほら、聞いてごらん。あんなにも多くの方々があなたのために祈ってくれているのだよ。あの祈りに応えてあげなさい。」というようなやりとりが延々と繰り返された挙句の結果かどうか、定かではありませんが、こんなにも長く意識が戻らなかったのには、少なくともこんな理由があると思ったほうが合点がいきます。

今回、大動脈瑠があったのは、心臓から上方に向って伸び、逆U字型に降りる曲がった部分で、ここからは脳に向って2本の頚動脈も出ています。したがってこの部分を人工のものに入れ替えるには、頚動脈も切断しなくてはなりません。頚動脈を切断しているあいだは、別の循環器を使って脳の血流を動かしておかねばならず、体全体は体温を20度前後まで下げて手術が行われました。説明を受けたとき、こんなことが可能なのか、自分自身が納得するのに、骨が折れたくらいですから、3日間意識が戻らなかったのは、単なる医学的結果だったといえるかもしれません。

苦しいのは、意識が戻ってからです。人工呼吸器をつけていますから、話すことはもちろん、ほとんど体を自分では動かせません。ナースコールのボタンを押して看護士を呼んで、指で文字を書いて意志を伝えます。意識が戻ったことを知った看護士が私に伝えたことは、今日は9月30日ですとベッドの横のカレンダーを指差してくれました。ぼんやりとした頭で、確か前回は1日で意識が戻ったことを思い出し、もしかして、この手術は失敗したのではと思いました。

何も出来ないときほど思考だけが働きます。原因と結果の法則、そのときのの状態から推し量れば過去が見えてきます。いつの時代か分かりませんが、世直しを大義名分にして剣の力に若い血潮をたぎらせたのでしょう。何人かの人に斬り付けて思いを遂げようとしたのでしょうが、力で世の中を変えることはできません。いつの時代にも人を傷つければ罪人です。明るい太陽の下では生活できないような人間に落ちぶれて悔いの多い人生だったでしょうね。

昭和18年、太平洋戦争中、産めよ殖やせよの掛け声に応えて、名も知れぬ貧しい農家の末っ子として私は生まれました。大自然に囲まれた、およそ政治的風土とは関係のないような環境で少年時代を過ごしたのですが、そのままその土地での平穏な人生を選ばなかった。上京してからは波乱万丈を絵に描いたような人生で、回顧録でも書けば、きっと面白いに違いないが、これ以上恥を晒すことはできません。

人生とは地図のない土地を彷徨うようなもので、失敗を繰り返しながら、それでも40歳を過ぎたころ、一冊の本と出合う。その本には、私が今まで抱いてきた疑問の答えが全て書かれていた。それから、私は変わったと思う。全く別人のようになったのだから、女房が呆れて出ていったのもごく当たり前のことだったかも知れない。世直しなんて考えて馬鹿だったね。相手を変えるんじゃなくて自分が変われば相手も変わる。イデオロギーじゃなくて一人一人の意識の向上が世界を変えることにやっと気がつきました。ここにたどり着くまで長い、長い時間がかかりました。

覚醒とか、意識の向上とかは決して他人から教わって理解するものではありません。壁にぶつかったり、傷ついたり泥だらけになりながら、自分の力で手にするものですから、苦労の多い人生のほうが機会が多いのです。確かに自らの中に神の種子が眠っていることに気がつき、水をやり育て始めることが意識の目覚めなのです。そういった人々が一人、また一人と増えていくことで、世界は変わる。地球もアセンションするのでしょう。時間はかかるでしょうね。でも時間は無限にありますから、焦ることはない。ゆっくり、ゆっくりでいい。あなたも私も永遠の存在だからです。
by 892sun | 2006-10-21 12:18 | Trackback

退院できました。皆さん、有難うございました。

本日、10月18日、無事、退院することができました。私のような者のために、快癒の念を送ってくださった多くの方々のおかげだと思っています。心から感謝いたします。本当に有難うございました。まだ、寝たり起きたりですが、おかげさまで、日一日と体力が回復しているのを感じることができます。

手術は事前に聞いていたとおりのリスクの高いもので、私自身まったく成功することを信じていたわけではありませんが、我がブラックジャック志水先生は、自信満々で、3日間意識不明だった私を再び、この世に呼び戻してくれました。志水先生、有難うございました。声が出なくなる可能性もありましたが、ちょっとハスキーになりましたが、ちゃんと出ます。

また、これまでのように、できるだけ毎日更新していきたいと思っています。今日は、取り急ぎ、退院できましたことだけを報告しておきたいと思います。
by 892sun | 2006-10-18 15:21 | Trackback



この世の仕組み、本当の生き方はもう分かりましたか?地球は次元が変わります。準備は整っていますか?心霊研究家のつぶやきに耳を傾けてください。
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