ひとりごと、ぶつぶつ

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第10話 生霊

裏日本の冬は長く暗い。陣内恵美子はどんよりとした鉛色の空を見上げながら、いつかこの町を出て誰にも束縛されず自分の思うままに生きてやると、子供のころから何度思ったことだろう。恵美子の家は、古くから金沢ではよく知られた漆器を手広く扱う店で、格式だのしきたりだの作法だのと、幼いころから厳しく躾られた。兄は二人いたが、恵美子は一人娘ということで特別に扱われていたような気がする。自分も男に生まれてくればよかったのにと、女に生まれたことさえ疎ましかった。

そんなわけで、大学へ進学する際は寮生活と女子校ということを条件に、東京の大学をかなり強引に決めた。寮生活も結構うるさいものだったが、遺物に取り囲まれたような金沢の家でのことを考えればまだマシだった。四年間はあっという間に過ぎた。卒業したら直ちに金沢へ戻る約束だった。しかし戻ればすぐに見合い話が進められ、自分の意志とは関係なく人生が決められていくだろう。そう考えていた恵美子は、反対されるのは覚悟のうえで、さるTV局のアナウンサー試験に応募した。

結果は千倍近い難関を突破しての合格だった。兄たちがおっとりした性格なのに、恵美子は小さいときから活発で、逆に生まれてくれればよかったのにと親を嘆かせたものだった。頭の回転も速くものおじしない彼女が成長し自己を主張する。親たちは心配でたまらず、何度も帰郷を説得したが、恵美子は頑として譲らなかった。

彼女は新しい仕事に夢中でのめり込んでいった。昔からの夢が一つずつ実現していくように思えた。研修期間を終えて初めて与えられた仕事は、バラエティー番組のアシスタントのようなものだったが、局の上層部の評価は上々だった。なによりも健康的な美貌と頭の切り替えの早さに、いずれはキャスターへの道を歩むとも評された。その頃、家から母親が体調をくずし伏せているので帰るように連絡が来た。しかし恵美子は無視した。電話で話しをするのさえうっとおしくて受話器を取ることさえ躊躇った。

成功への階段を確実に登りはじめていた彼女も、仕事に慣れてくると余裕も出来、回りも見えてくる。業界の男たちは時間ばかりを気にするような者ばかりで興味は持てなかった。が、取材を兼ねて見に行ったプロ野球の試合で、ピンチに立たされて指名されたリリーフ投手には直感的に心が動いた。味方の危機にも動揺を見せず、ただ自分の力だけを信じて剛速球を投げ込んでくる。恵美子は、その夜一人になったとき、自分が恋に落ちているのを感じた。

所属チームが上京する度に、恵美子は口実を作っては彼に会いにいった。2度3度となれば、回りも彼も当然意識するようになり、二人だけで逢うようになれば愛し合うようになるのに時間はかからない。彼は両親を紹介し結婚を考えだしていた。とても穏やかな暖かい家庭だった。恋は盲目とはよく言ったものだ。あれほど仕事に固執していた恵美子だったのに、彼のためなら局をやめてもいいとさえ思うようになった。

その頃からのことである。彼女の中で何か分からない得体の知れないものが行動を起こした。恵美子には経験のないことだった。彼女は自分は比較的意志は固いと思っていた。我ながら頑固だと思ったこともある。が、近頃、思ったこととまるで反対のことを言ってみたり、急に考えが変わってしまうことがよく起こる。自分が二人に分裂したような気分だった。これも初めての恋のせいなのか。

もう一人の自分は日ごとに成長して彼女を支配しようとしていた。特に彼と一緒のときはひどかった。学歴がどうの、スポーツ選手としての寿命がどうの、挙句の果ては、彼の両親や兄弟の欠点までも言おうとしている自分がいる。恵美子は負けまいとして自分の考えを話そうとするのだが、意志とは裏腹に勝手に口が喋る。

彼との破局が週刊誌に派手に報じられた日、局からも異常な行動を理由に休養を命じられた。私の中に誰かが住みついている。誰かが私を支配しようとしている。それが誰なのか突止めて出ていってもらわなければ、私はそいつに乗っ取られてしまう。錯乱する意識のまま恵美子は精神科の医師を訪れた。

紹介された医師は催眠療法による精神分裂症の権威だった。恵美子の話をメモを取りながら注意ぶかく聞いてくれた。それから医師は恵美子にゆっくりと暗示をかけ催眠状態へ導いていった。どれほどの時間が経ったのだろうか。数字が逆に数えられ、最後に指がパチンと鳴らされて恵美子は我に返った。催眠中のことは何も覚えていなかった。
「気分はどうですか?すべて終わりましたよ。」
「私の中にいたのは誰だったんでょう?」
「もう済んだことです。誰だったかなんてお知りにならないほうが、いいと思いますよ。今までのことは忘れてもう一度新しい自分に生まれ変わったとお思いになることです。」

恵美子は自分の部屋に戻ると、冷蔵庫から缶ビールを取り出していっきい飲みほした。カーテンを開けはなして思いきり空気を吸い込んでみた。しかし爽やかな気分にはとうていなれず、今にも雨が降りだしそうな空を見上げているうち、なぜか金沢のことが懐かしく思い出されてきて、翌日の切符を手配するために受話器を取りあげていた。

我が家は昔とまったく変わらぬ佇まいをみせていた。妹の垢抜けた装いに兄たちは驚いたように歓声をあげたが、
「帰るなら帰ると、なぜ連絡せんのか、迎えを出したものを。」
と、父は喜びを素直に表すまいとしている。
「全く親不幸もんが。母さんの見舞にも来んと。母さんはな、お前のことが心配で起きられんほど弱っておったんじゃ。昨日からやっと食欲もでて元気が戻ってきたところなんじゃぞ。」
店先での喧騒に、何事かと、その母が姿を見せた。かつて矍鑠として店を切り盛りしていた面影はなく、すっかり老け込んで小さくなってしまった母は、父の肩越しからいくぶんきまり悪そうにして恵美子を見た。                     終
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by 892sun | 2007-10-31 11:57

第9話 悟る

数年前から、夢の中に、いつも同じ町が出てくるようになった。夢を見るたびに、その知らない町を彷徨っている。どこにでもあるような田舎町なのだが、やたらに坂道の多い起伏に富んだ狭い通りを、何か探しながら歩く。疲れると町の駅から汽車に乗る。駅には名前がなかった。何線なのかも分からない。どこへ行くのかも分からないのだが汽車に乗れば、何時の間にか目が覚める。

その町にはたくさんの家もあったし、商店もあった。公民館のような建物もあったし、学校もあったように思う。けれど誰もいなかった。なぜか人っ子一人として見かけたことがない。ある夜の夢の中で、私は町の外に出てみようと思った。私は急な坂道を一生懸命登っていったように思う。道はだんだん細く獣道のようになって諦めかけたとき、遠くに山門のようなものがあるのが見えた。

山門に近ずくと中で小僧さんが手招きをしている。そこからは長い石段が上のほうまでずっと続いている。小僧さんはぴょんぴょん登っていくが、私は這うようにして登った。何百段にも思えた階段を登りきったとき、そこにはとても古びた荘厳な寺があり、掃き清められた境内で大勢の人たちが僧の話に聞き入っていた。

私はその場にへたへたと倒れこむようにして座り、みんなと同じようにして法話に耳を傾けた。何が話されたのか、何を聞いたのか覚えていない。その日目覚めたとき、枕が濡れていた。泣いていたらしい。なぜ泣いたりしたのだろうか。その日から、あの夢を見ることがなくなった。しかし、確かなことはそれから自分の中で何かが変わり始めた。心だけではなく、体もあんなに病弱だったのに、今では活力が満ちているのを感じる。自分だけではない、周りも全てが変わりはじめたようだ。何が起きたのだろうか?

朝、目覚めただけで嬉しくてしょうがない。今日一日何が起きるか楽しみだ。何があっても平気。あれこれ欲しいものがなくなってしまった。食べられて寝るところさえあれば、後はなんとかなるだろう。今までなんであんなに悩んでいたのか不思議に思えてくる。死ぬことさえ怖くなくなった。

このあいだのことだった。近くの公園を足取りも軽くスキップして歩いていた。すると一人の男が足早に近ずいてきて呼び止めた。
「ああ、もし、すみません。突然呼びとめて。時々お見かけするのですが、いつも楽しそうにしていらっしゃる。何がそんなに楽しいんですか?」
見るからに貧相な男は不思議そうな顔をして尋ねてきた。
「世の中不景気だし、新聞読んでも腹の立つことばかりじゃありませんか。それなのに、あなたはいつも楽しそうだ。」
「私がそんなに楽しそうに見えますか。それは有り難い。私は楽しくしたいと思って楽しそうにしているんです。」
「それはどういうことで?」
「楽しくしていれば楽しいことが起こるし、悲しそうにしていれば悲しみがやってくる。」
「そりゃ私だって、辛いことより楽しいほうがいいに決まってますよ。だけど現実は目が覚めて寝るまでは心配事やら悩みでいっぱいです。どうしたら、あなたのようになれるのか、ぜひご教授願いたいもんです。」
「実に簡単なことですよ。ぜひ今日からでも始めてみてください。いいですか、あなたの願いを紙に書いて、夜寝る前に十回唱えてください。そうして、もうそうなったと思い込んで寝るようにしてください。願いは必ず叶います。成功をお祈りします。」

今朝のことだった。あの男が私を見つけ、明らかに不快な表情を見せながら、
「このあいだのアレなんですか。私が真面目に聞いたのに。あなたの言う通りにしたらこのザマだ。まったく不愉快だ。」
急に食ってかかられて閉口したが、わけを聞いてみた。
「しかし、おかしいなあ。どんな願い事をされたんですか?」
「これですよ、これ。」
いまいましそうに言って、男は内ポケットから折たたんだ紙を取り出すと広げて見せた。その紙にはこう書かれていた。

    [商売をもっと繁盛させて欲しい、もっとお金が欲しい]

「なるほど」と、私は言った。
「願いは叶ったじゃありませんか。商売を繁盛させて欲しい、すなわち繁盛していない状態であり、お金が欲しいということはお金が必要な状態です。欲はかくほど悩みは増えるというのが道理です。」

唖然としているその男に背を向けると、私はいつものように楽しくてたまらなくなり、めっきり春めいた公園の散歩道を鼻歌を歌いながらスキップしたのだった。川の向こう岸の梅の木で鶯が一声高く鳴いた。  おしまい
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by 892sun | 2007-10-30 11:12

第8話 健志君の家庭菜園


なかなか子宝に恵まれなかった両親にとって、健志の誕生は何物にも代えがたい喜びだった。しかし、半年たち、一年たつうちに喜びが少しずつ不安に変わっていった。定期的に保健所で会う他の赤ちゃんと較べてどうも少し違う。どうやら少し知恵遅れと分かったのは2歳すぎてのことだった。

身体の発達も遅れていたが、言語障害があり、はっきりと発声することが出来なかった。それでも母親は普通の子として扱いたいと、時期になると幼稚園への入園手続きを取った。しかし、一日通っただけで翌日からは通園を嫌がり、とうとうやめてしまった。小学校へ入学する時期になって、母親は養護学校ならと連れていってみたが、健志は頑として拒否した。

「学校に通わないとお友達が出来なくて淋しいわよ」と言うのだが、健志くんは「ボク イッパイ トモダチイル」と言いはった。母親は、健志は友達という言葉の意味を間違えて使っているのだと思っていた。

健志くんはオモチャや絵本にはほとんど興味を示さず、もっぱら一人で庭に出て遊んでいた。いったい何をしているのかというと、草むらで虫と遊んだり、木に登ったり、ベンチにかけて独り言を言って言ったり、ただボーとしていることも多かった。不思議なのは、蜂や蚊の出る季節でも、ただの一度も虫に刺されたことがなかった。

両親にとって、言葉がたどたどしく聞き取りにくいこと、就学の問題を除けば健志は本当にいい子だった。いつも静かで、話し掛けると首をちょっと傾けてニコニコっと笑った。二言三言喋るのだが、両親以外は理解できなかった。

或る日、めずらしいことに健志くんは、自分からニワトリが飼いたいと言った。ちゃんと世話が出来るか心配だったが、やっぱり友達がいなくて淋しいんだわ、と思った母親はニワトリのつがいとケージを買い与えた。

健志くんはなぜかニワトリの世話が上手だった。しばらく後、卵からヒヨコが孵って庭はとてもにぎやかになった。そして毎朝の食卓には新鮮な卵料理がでるようになった。またその頃、健志くんは畑を作りだした。お母さんに二十日大根の種とレタスの苗を買ってもらった。

約1ヶ月後、泥つきの二十日大根を両手にさげてキッチンへ得意そうに現れた健志くんをみて母親はびっくりした。それは、とても小さな子供が作ったとは信じられないほどの立派な野菜だった。青々としてみずみずしい葉には活力が満ちているように見えた。1ヶ所として虫の食った跡もなかった。

その後も彼はいろいろな野菜や花の種を注文した。雑草の生い茂っていた庭は、いつのまにか菜園と花壇へと変貌した。両親は彼がいつ、どのようにして、このような技術を覚えたのか聞こうと、何度も尋ねてみるのだが、そのたびに彼はニコニコ笑うだけで答えてはくれなかった。

或る時、庭の植物の見事さを垣根ごしに見た農業指導員が訪ねてきたことがあった。冬なのに覆いもなしに野菜が育っていた。花は蕾を開いていた。これを子供が栽培していることにまず仰天し、肥料や消毒について参考にしたいからと尋ねたときも、健志くんはニコニコ笑っているだけだった。

私と健志君が知り合ったのは、環境問題についての或るセミナーでのことで、彼は学生でありながらパネリストとして自分の体験から自然界と人間の関わりについて話していたのだった。言語障害などない素晴らしい若者だった。似たような体験のある私はインタビューを申し入れ、そして、意気投合した。

人がもっと純粋になれば、と健志君は再び話始めた。誰でも僕が経験したようなことは出来るんじゃあないでしょうか。人間の世界以外にも生物の王国があり、植物や鉱物も王国があります。それぞれの王国では精霊たちが進化創造のために働いています。僕は確かにこの目で見ましたし話もしました。

僕が最初話し掛けたとき、彼らは驚いたようでした。僕にはずっと前から見えていました。彼らが歌ったり踊ったり笛を吹いたりしながら働く様子が、あまりにも楽しそうなので、僕も仲間に入れてもらって一緒に遊ぼうとしたのです。人間とはうまく話せませんでしたが、彼らとなら心の言葉で話せたのです。

ニワトリを飼うように薦めてくれたのも彼らでした。僕の障害を治す方法も知っていました。ニワトリの糞と枯葉を使う堆肥の作り方は土の精から聞きました。植物の種を播くと、その植物の精が現れてエネルギーを注入し守り育ててくれたのです。バクテリアや虫たちも手伝ってくれました。

作物は土と水と太陽の光、チッソ、リンサン、カリのバランスが取れれば育つといわれています。それだけでしょうか。それだけでは作物をただのモノとしかみていないのではないでしょうか。大地のエネルギー、自然界の精霊たちのエネルギーは入っていません。本当に心が通いあって出来た作物とそれらでは、形は同じに見えても全く違うものなのです。

僕の庭には、いつも彼らのエネルギーが満ちあふれていました。冬でもバラの花が咲き、トマトは一本の苗から数百の実を付けました。キャベツは子供の僕には持てないほど重くなり、母に収穫を手伝ってもらったこともあります。僕は彼らと共同で作ったものを食べて健康になりました。身も心もね。なによりも霊的なエネルギーが僕の言語障害も治してくれました。僕のこんな話、作り話しに聞こえるかもしれませんね。でも本当なんですよ。   終
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by 892sun | 2007-10-29 15:14

第7話 閻魔大王

ある夜のこと、豪華なマンションの一室で、身元のよく分からない中年女性の死体を管理人が見つけました。警察が調べたところ、全身を鋭利な刃物でめった刺しにされ、それはそれは無残な殺されかたでした。このことは新聞にも出ましたが誰一人気にも留めることはありませんでした。

生前、彼女は、自分のような者が死んだら、きっと閻魔様に舌を抜かれ永遠の業火にあぶられて苦しむ地獄に落ちるだろうと信じていましたので、その夜、さっそく閻魔大王の前に引きずりだされました。

暗闇にたいまつがたかれ、赤鬼、青鬼などの地獄への使者が大勢でてぐすねを引いて待ち構えています。女の前に、真っ赤な顔をした髭面の大男が、右手にペンチ、左手には長い鉄棒を持って立ちはだかっています。女は恐ろしさにうち震え、おしっこを漏らすほどです。すっかり観念して閻魔大王のお裁きの言葉を待ちます。

しかし意外にも閻魔大王は見かけよりずっと優しい声でこう言ったのです。
「女よ、どんな幻を見たというのだね。目を閉じて最初からみんな思い出してごらん。私も一緒に見てあげよう。」
女は目を閉じて、ずっと昔からのことを思い出そうとしました。すると瞼の裏に大きなスクリーンが現れて、赤ちゃんだった時からの様子が写し出されてきたのです。

彼女が生まれたのは、貧しいけれど愛に満ちた若い夫婦のところでした。お父さんは、酒も煙草もやらない真面目なサラリーマンでした。お母さんも彼女を育てながらパートに出て働いていました。彼女は陽気で活発で、少しばかりやんちゃなお転婆さんでした。この時代が彼女の人生において一番幸せなときでした。

お父さんは一生懸命働きましたので、会社でも偉くなっていきました。その頃から、お家に帰るのが遅くなり、お酒を飲むようになったり、お母さんと喧嘩をするようになりました。お家も狭いアパートからきれいなマンションに移り、生活はずっと楽になりましたが、両親の仲はますます悪くなり、彼女が中学生になった頃、離婚しました。

お父さんに別の好きな人が出来たのよと言って、お母さんは泣いていました。お母さん思いだった彼女は、お母さんを裏切ったお父さんを許せませんでした。いつか復讐してやりたいとさえ思いました。

お母さんはまた働きに出るようになり、彼女も勉強のかたわら、よくお手伝いをしました。成績も良かったので大学に進むつもりで準備をしているとき、お母さんが倒れました。進学どころではありません。生活のためアルバイトを始めましたが、入院費、手術代など考えると、夜の世界で働くしか道はありませんでした。

そこで彼女が見たものは、自分たちを裏切った父親と同じ姿の男たちでした。今は美しく成長した彼女に男たちは群がってきました。男たちへの復讐心が蘇り、だましたり、相手の家庭を壊すことが生きがいのようになっていきました。そんなことにすっかり夢中になっている間に、お母さんは亡くなりました。心にぽっかりと穴があいてしまったようになりました。

何ヶ月かたって、気を取り直しか彼女は宝石デザインの勉強を始めました。しばらくして、そこで知り合った男性と結婚し、二人で小さなオリジナル・アクセサリーのお店を開きました。可愛い坊やにも恵まれました。二人で作ったアクセサリーはとても評判が良かった。高価な宝石類も、飽きたら買った値段で引き取るというアイデアが好評で、売上もどんどん伸びて、あちこちに支店を出せるようにまでなったのです。

彼女は有頂天になっていました。自分にはお金の神様が付いていると、本気で信じていました。お金があって美しいのですから、廻りがほうっておくはずがありません。まるで女王様にでもなったように振舞っていたとき、夫と子供はひっそりと家を出てゆきました。でもそのときは、そんなことはどうでもよくなっていました。

お金さえあれば何でも出来る。不動産や株、美術品、なんでも買いあさりました。お金が足りなければ銀行員が運んできてくれました。買ってもっているだけで価値が上がるのですからたまりません。

世界は自分のためにあると思っていた在る日、現実だとばかり思っていた風船が膨らみすぎて破裂したのです。あわてて持っているものを売って清算しようとしたのですが、買い手がつかず、借りたお金の請求書ばかりが舞い込むこととなりました。破産でした。

瞼の裏のスクリーンにはまだ次々と今までのことが写しだされてきます。名前も変えて日本中さまようように旅をし、ある地方都市に落ちついてスナックバーを経営しながら、こ金貸しを始めたのは、ついこの間のような気がしています。女王様みたいな夢のような生活が忘れられず、回りのオトコたちに小遣いを与えたり、お金を貸し付けて高い利息を取ったりしていました。

時は流れ、若さと美しさの代わりに執着心が顔に出ているのを厚化粧で隠していました。あの事件は、それまで面倒をみてきた若者に恋人が出来ての別れ話からです。彼女は嫉妬に狂い、今まで貢いだお金の清算やら、過去をみんな恋人にバラすと脅かしたのです。あの夜、若者はマンションに忍びこみ憎しみを込めて彼女の体に何度もナイフを突き立てたのでした。

静かに読経の声が聞こえます。ひっそりと葬儀が行われています。二人の男性が頭をたれ両手を合わせています。夫と息子でした。生まれてから殺されるまでの人生を気丈にもじっと見ていた彼女でしたが、この光景を見せられて初めて嗚咽し泣きくずれました。

泣き伏せていた体を戻そうとしたとき、傍らで同じように泣いている女性の気配を感じました。そっと目を開けるてみると、もうそこには閻魔様も赤鬼青鬼の姿も消えていました。
「あなたはどなたですか」と尋ねかけて彼女はとても驚きました。それは自分とそっくりの人だったからです。
「わたしはわたしです。」と傍らの人は答えました。
「わたしはわたしの良心、本当のわたし自身なのです」
「ではわたしは誰なのかしら?本当のわたしさん、教えて頂戴。閻魔様はどこへ行ったの?わたしの裁きはどうなったのかしら。」
「こちらでは思ったことが形になって現れます。裁くのは自分自身であり、わたしの痛みがわたしに痛みとして感じられる、それだけのことなのです。この人生でのわたしの思い、言葉、行動の一つ一つ、自由意思と良心のはざまで揺れていましたね。その都度、わたしは痛み、苦しみを味わいました。」

声はいつのまにか彼女自身の内部から響くように聞こえ、傍らの人影も消えていきました。代わりに、すでに亡くなっていた祖母や母、彼女の人生を見守ってきた守護天使たちが現れ、付き添うようにして彼女をかなたに見える光に向かって連れていきました。     おわり
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by 892sun | 2007-10-28 11:56

第6話 続マッチ売りの少女

或る年の大晦日の雪の降る夜のことでした。マッチ売りの少女は、冷たい風をさえぎろうと一軒の家の軒下に座り込むと、今日一日一箱も売れなかったマッチをすって凍えた手を暖めるのでした。一本のマッチの炎がなんと暖かく感じられたことでしょうか。次に裸足で感覚のなくなってしまっていた両足にもマッチの炎を近ずけます。でもマッチはすぐに燃え尽きてしまう。

いつのまにか、少女は叱られるのも忘れて次々とマッチをすります。体だけではなく、心までも冷え切ってしまっていた少女は、マッチの炎の燃え尽きるあいだに楽しそうな幻を心に描くのでした。おいしそうなご馳走、美しいクリスマスツリー。そして少女が最後に見たものは、いつも少女にやさしくしてくれたおばあさんでした。

少女はいつまでも、そのおばあさんと一緒にいたかった。だから手にしていたマッチ全部に火をつけて、すこしだけでも長くおばあさんと一緒にいようとします。でもその火も燃え尽きて、元の暗闇が戻ってきそうになった時、一条の光とともに、あのあばあさんが現れて手を差し伸べ、少女を抱きかかえると空高く昇っていったのです。

一夜あけたお正月の朝、町の人が軒先に雪に埋もれて冷たくなっている、まだいたいけな少女を見つけました。少女の顔はとても幸せそうに微笑んでいました。人々はこの少女が昨夜見た素敵な夢のことは何も知りませんでした。


誰でも知っているアンデルセンのマッチ売りの少女のお話です。大人になってからも、何度と繰り返し読んでも胸が締め付けられるような悲しいお話です。貧しくて、まだ幼いのに雪の降るような寒い中を働かなくてはならないなんて。家に帰っても風がピュウピュウ吹き抜けるような家に怖いお父さんが待っているだけなんて。それなら、やさしいおばあさんと天国で暮らしたほうがいいとアンデルセンも思ったのでしょう。

アンデルセンの生きていた時代のヨーロッパには、きっと同じような身の上の子供たちがたくさんいたのでしょう。アンデルセン自身も貧しい家に生まれて、ずいぶん苦労しましたから、この世で生きることがどんなにつらいことかを良く知っていたはずです。でも何もしてあげられない自分を思い、せめてお話のなかだけでも少女を楽にしてあげようと思ったのに違いありません。

それに、誰もが避けて通ることのできない「死」ということをよく理解していたように思えるのです。死がすべての終わりと考えている人には、このお話は、ただの少女残酷物語にしかすぎません。死とは肉体という制約の多い牢獄からの開放です。さなぎを脱皮して蝶になり、大空へ羽ばたくようなものです。「死」の後も「生」が続くということで、このお話の続きを書いてみました。それにはまず、主人公に名前をつけなくてはなりません。カロリーヌちゃんなんてどうでしょうか。


さてカロリーヌはおばあさんに抱かれて空高く昇ってみると、もうそこには、どんよりとした暗い雲はなくて美しい星空が広がっていました。もうすこしも寒くはありませんでした。キラキラと輝く星ぼしに手が届きそうなくらいまで昇っていくと、どこからか少しずつきれいな歌声が流れてきます。おばあさんの指差すほうを見ると、大きな白いゲートが開きその両側で天使たちが賛美歌を歌っています。

そのとき門の奥から一人の女性が、こちらに向かって走ってきます。カロリーヌにとっては見知らぬ顔でしたが、それが自分のお母さんであることはすぐ分かりました。二人はお互い走り寄って抱き合いました。抱き合って、ただただ泣きました。言葉は何一つ話さなくてもすべてお互いの気持ちは分かり合えたのです。

涙を拭いて三人はゲートを通って中に入りました。そこは今までカロリーヌが暮らしていた町と少しも違いませんでした。違っていたのは、あの町よりずっと清潔で、どこを見てもチリ一つ落ちていません。どの家も綺麗に磨かれ窓際には色とりどりの花が飾られています。すべてが青みがかって見えるほど空気も澄んでいました。街路樹も花をつけ、中には実をたわわにつけているものもあります。小鳥たちまでもが歓迎の歌を唄ってくれているようです。

お母さんは洋服屋さんの前で立ち止まると、カロリーヌにどんな洋服がすきなのか尋ねました。ショウウインドウにスカートのすそと袖口に白いフリルのついた黄色いドレスが飾ってあるのを見て、一度でいいから、あんなドレスが着てみたいと思いました。するとどうでしょう。驚いたことに、カロリーヌがそう思った瞬間カロリーヌの洋服は、今までのみすぼらしい身なりからショウウインドウにあったのと同じドレスに変わってしまいました。マネキンと同じデザインの靴を履いていました。ひさしの広い長いリボンのついた帽子をかぶっていました。ここでは、何か思うとすぐにその通りになるのだとお母さんが教えてくれました。

町を一巡りした後、三人は広場の角のカフェテリアで休むことにしました。ふかふかの椅子の背もたれに体を埋めるようにして座ってみると、カロリーヌは今日は何も食べてないことに気がつきました。そう思ったとたんテーブルの上には食べたかったものが次々と現れてしまい、お母さんやおばあさんのティーカップが置けなくなるほどでした。お母さんとおばあさんはそれを見て大笑いしたり、涙ぐんだりしたのです。カロリーヌも胸がいっぱいになりアップルパイを少し齧っただけでした。

それから三人はこれから暮らす家に向かいました。家は町全体が見渡せる小高い丘の中腹にありました。なだらかな上り坂の両側は一面のお花畑で、風もないのに花びらが波のように揺れています。空には虹色の雲が流れています。

カロリーヌは居間に置かれていた四角な透明な箱に目を惹かれました。
「それはね。」とお母さんが言いました。
「未来の世界の家庭にはどこにでもある、映像を見る道具なの。何か見たいものがあるの?」
カロリーヌは頷いたあと、だまったまましばらくその箱をじっと見つめていました。

ちらかって汚れた狭い部屋で、酒ビンを持ったままテーブルに伏せて寝ている男の姿が見えてきました。カロリーヌにろくに食べ物も与えず、マッチが売れないといっては殴り、言うことを聞かないといっては追いかけてきた恐ろしい男。やっと逃れることの出来たカロリーヌのお父さんの姿でした。彼女はじっと、その映像を見続けていました。彼女の目からは後から後から大粒の涙が頬を伝って流れて落ちています。

「お父さん、憎んでなんかいないわ。今までのこと、みんな許しているの。お父さんが私につらくあたった訳も今はみんな分かるの。愛しているのよ、お父さん。目を覚まして、立ち直って。お父さんとお母さんが愛し合って私が生まれたんですもの。あの頃のお父さんに戻って。もう一度素晴らしいお父さんの姿を見せて。」

カロリーヌは泣きながら祈っていました。頭をたれひざまずき両手を組んで祈るカロリーヌのそばで、いつしかお母さんもおばあさんも一緒になって神に祈りを捧げるのでした。


或る年の大晦日の夜、一人の男が不思議な夢を見ました。娘を産むと同時に死んでしまった最愛の妻とおばあさん、そしてマッチ売りに出したまま帰ってこないその娘の三人が天国で自分のために一生懸命に祈ってくれている姿でした。朝になると、その夢が鮮明に蘇ってきて、今までの自分のしてきたことの愚かさにやっと気が付いたのでした。

男は顔を洗い、髭をそり落とし、髪を整え、貧しいながらも身なりをきちんと整えると、町へ我が子を探しに出ていきました。町のはずれから新年を告げる教会の鐘の音が聞こえてきます。自暴自棄な思いはすっかり消えうせ、これからは何があっても神の御心のままに生きていこうと固く心に誓っていました。                           おしまい
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by 892sun | 2007-10-27 12:08

第5話 浜辺にて


とても静かな、月のきれいな夜だった。昇り始めた月の光だけがあたりをうっすらと照らしていた。夏のざわめきが消えた浜辺は静かで、打ち寄せる波音だけが囁きかけてくる。流木に腰をおろして、じっと沖を見つめる私の影は長く伸びて、今の私を象徴するかのように砂の中に溶け込んでしまっていた。

私は人生のすべてに自信をなくしてしまっていた。何をしてもうまくいかなかった。あれほど綿密な計画を立てて起こした事業だったが、長年信頼を培ってきたつもりのパートナーに裏切られ破産してしまった。たった一人の可愛い盛りの娘は病気で死んだ。妻は家を出ていった。

私はしばらくのあいだ視点も定まらぬまま暗い海を見ていたが、意を決して立ち上がると沖に向かって歩き出した。砂が足にまとわりつき、漣が膝を濡らし始めた。それでも重い足を一歩二歩と引きずるように運んでいた。死ぬつもりだった。絶望感だけが私に重くのしかかっていた。波は胸まで届き肩も濡れ始めていた。もうひといきだった。大きく息を吐き全身の力を抜こうとした時だった。

何かが波の上をこちらに向かって進んでくる。得体の知れない恐怖感に襲われ、私は目を見開いて凝視した。ぼんやりしていたその影ははっきりとした形になり、私の前で立ち止まり見下ろしている。なんと人が波の上をスタスタ歩いてきたのだった。私はあまりの恐怖に死ぬことも忘れ、逃げ出そうと必死で水をかいていた。

「何を怖がっているのかね。」と、その人は言った。
「お前は死のうとしていたのではないのか。死まで決意した者が何を恐れるのか。」
そう言い残し、その人は私の前をまたスタスタと岸辺に向かって波の上を歩いていった。

人は不可解な行動を取ることがある。死のうとしていたのだから怖いものなどあるはずもないのに、私は怖がり、次にはその人を追いかけて岸に向かって波をかき分けて必死に歩いていた。その人は、先ほどまで私が掛けていた流木に腰をおろしてじっと私を見ていた。

私はなんとかその人の前までたどり着くと、
「神様、私を助けてください。」と言って砂に頭をこすり付けて哀願した。
そして、それまでの自分の人生がいかに不幸であったか、切々と訴えたのだった。

「残念ながら。」とその人は言った。
「私は神ではない。」
「では、聖者か仙人ですか?」
「いや、そのいずれでもない。」
「では、あなたはどなた様なのですか?きっとどこぞの偉いお方に違いない。そうでなければ水の上を歩けるはずがない。どうぞ、この私のことを哀れみお助けください。」
私は、この人なら出来ないことはないはずだと決めて、心の底から絞り出すような悲しい声で懇願した。

「私もお前と同じ人間に過ぎないのだよ。水の上は歩けないと思っている者には水の上は歩けない。私にとって水の上を歩けるのは当たり前。ただそれだけの差なのだよ。人は皆、無限の可能性を秘めているのに、固定概念で自分を縛り、何も出来ないと諦めている。運命にもて遊ばれ、運命の奴隷として生きているのだ。」
その人は他にも生きていくうえでの大切なヒントをいくつか教えてくれた。自殺することは、もう頭のどこにも残っていなかった。私は次の日から別人として生き返ったように働き出した。それからというもの、何をやってもうまくいくのだった。

ついた仕事は歩合給のセールスだった。新人としてはその会社の記録を塗り替えるようなダントツの売上を数ヶ月続けた後、独立して小さな会社を作った。そこでも新製品が大当たりし、作るのが間にあわず苦情を受けるほどだった。安く買った株はたちまち値上がりするし、お金儲けは雪だるまを作るより簡単に思えてきた。業績不振の会社を買収し再建にも腕を奮った。私が目を付けたという噂が流れただけで株価が高騰するほどだった。飛ぶ鳥を落とす勢いというのはこの事を言うのに違いない。今、私を止めることなど誰にも出来はしない。私は有頂天だった。

だが、落とし穴が待っていた。或る日、会議の席で突然胸が苦しくなり、吐血して倒れた。運ばれた病院では検査が繰り返され、数日後、院長が検査結果を報告にきた。院長は私の顔を見ず下を向いたまま、なぜかとても言いにくそうな素振りをしていたので、私はありのままを告げてほしいと言った。
「それでは」と院長はカルテを見ながら病名を教えてくれた。癌だった。それも悪性の癌が身体中転移していて、手術しても数ヶ月の命ということだった。

院長が出ていった後、私は一人になりたくて付き添っていたスタッフにも部屋を出てくれるように言った。私は呆然とした思いで天井を見上げていた。誰もいないはずの部屋なのに、いつ入ってきたのかベッドの脇の椅子に一人の男がすわっていた。あの男だった。私はベッドから転がり落ちるようにして彼の足元にひれ伏し、命乞いをした。

「お前は真理を自分の都合で使った。その結果が現れただけなのだよ。自分で播いた種だ、自分で刈り取るしかあるまい。」と彼は冷たく言った。
私は諦めきれず、泣きながらまだ死にたくないと訴えた。
「困った人だ。それほど命が大切なら、お前のもっとも大事なものと取り替えてやってもいいが、どうかな?」

私は彼と取引をした。金などいつでも稼げるさ。私の全財産と引き換えに、私は健康を取り戻したのだった。私は嬉し涙を拭った。・・・・のだと思った。打ち寄せる波の飛沫が顔にかかり、それを拭っていたのだった。私は我に返った。すでに満ち潮が足元近くまで寄せて来ていた。どうやら私は流木に腰掛けたまま、うとうとと夢を見ていたようだ。
私は立ちあがり家路を急いだ。とても静かな、月のきれいな夜だった。
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by 892sun | 2007-10-26 14:46

第4話 代理戦争

リズとメアリの二人の叔母さんたちは双子の姉妹で、あたしのパパの姉なんです。今でも充分チャーミングなんだけど、若い頃はどんなに素敵だったのだろうと想像してしまうくらいのチョー美人。でも、今のあたしにはどうかな。エヘッ!その叔母たちが、あたしの16才の誕生日にプレゼントは何がいいか聞いてきたの。

あたし、迷ったんだけど、お茶に御呼ばれしたとき、思い切って言ってみたんです。毛皮のコートが欲しいって。そうしたら、二人揃って同じように首を横に振りながら言ったんです。毛皮だけはやめなさいって。そのあと、昔、彼女たちが本当に体験した不思議なコワーイお話をしてくれたんです。

「二人は小さなときから本当に仲良しで、何をするにもいつも一緒でした。お互いが何を考えているのかさえ分ってしまったそうです。一卵性双生児でしたから、顔かたちが似ているのに、洋服の好みまで似ていたので、しょっちゅう親にさえ間違えられたそうです。やがて二人は美しく成長していきました。或る年の冬を迎える頃、両親は二人に毛皮のコートを買ってくれました。間違えないように、姉のリズには黒てんの、妹のメアリは銀ぎつねのコートでした。

それからというものは、あれほど仲の良かった二人なのに喧嘩が絶えなくなってしまいました。お互い一人の時はすごーく反省して、また仲良しでいようとするのですが、会ったとたんに心にもないことを口走って相手を怒らせてしまうのです。結局はお互いが避けるようになり、部屋の閉じこもってばかりの日が続くようになり、両親もずいぶん心配し困り果てていました。

二人はカウンセラーのもとに通ったり、友人が仲介したりしてなんとか元の仲良しに戻ろうと努力しました。やがて春が来て暖かくなった頃、二人の努力が実ったのでしょう。以前のような仲良しに戻れたのだそうです。両親はカウンセリングの効果が出たのかと大喜びでしたが、その年も冬になると、またぶり返したように喧嘩を始めました。それは去年よりもっとひどくなっていました。顔を合わせただけで、掴みかかり殴りつけるようなひどいものでした。

或る夜、二人は同じ夢を見ました。夜、眠っていると何かとても騒々しい音がするので、部屋のドアを少し開けて廊下を覗いてみたのです。するとそこでは狐の軍隊とイタチの軍隊がすさまじい死闘を繰り広げていたのです。狐たちの総指揮を取っているのは、メアリそっくりの銀狐でした。イタチの総大将はリズそっくりの黒てんだったのです。倒れても、殺されても、それぞれのクローゼットからは次々と新しい軍勢が飛び出してきて戦いはいつ果てるともなく続いたのでした。

二人はそのとき仲たがいの原因をはっきりと知りました。夜が明けるのを待って、リズもメアリも、あんなに大事にしていたコートを庭に持ち出して焼いてしまいました。そして二人は抱き合って泣いたのでした。もちろん喜びの涙です。そしてそれからは、また元のような仲良し姉妹に戻ったとさ。めでたし。めでたし。」

「エスキモーのように、毛皮がなくては暮らしていけない人たちは別にしてよ。」とリズ叔母さんは言いました。「都会に暮らしてる私たちに毛皮なんて、本当は必要ないのじゃないかしら。」とメアリ叔母さん。「そうよね、ファッションのために動物を殺すなんて残酷よね。」すかさずわたしも相ずちを打つ。(なんて調子イインダロ)言いつつも頭の中は(エー、プレゼント、では何にしようかなー)なんて目まぐるしく回転を始めているのです。 おしまい
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by 892sun | 2007-10-25 14:09

第3話 マウスとの約束


私は、某大手製薬会社の主任研究員だった。国立大学の医学部を主席で卒業し米国へ留学して博士課程を修得した。在学中に発表した論文は学会の注目を浴び、帰国後ただちに、この会社に三顧の礼をもって迎えられた。若手研究者たちのリーダー的存在として自他ともに認めていたのだ。

しかし、或る日から私は、偏頭痛の発作にしばしば襲われるようになった。それも不思議なことに時計で計ったように正確に1時間間隔で5分間ずつ激痛に見舞われる。そうなると仕事どころか何もどうすることも出来なくなる。頭を抱え込んでうずくまってしまうしかない。

友人に頼んで精密検査を受け、身体のすみずみまで調べてもらったが原因は掴めなかった。他の専門医にもかかったが結果は同じだった。ただ、私には思い当たることがあった。しかし、今まで最先端の近代医学を学んできた私の理性が、どうしても否定するのだ。そんなバカなことがあるはずもないと。でもやっぱりそうなのだ。あの夢を見てからだ。あれが夢だったのかどうかも定かではないが、夢に違いない。マウスが人間の言葉を喋るはずがない。

あの夜、私が寝付いてまもなくのことだったと思う。
「ドクター起きろよ。起きて話を聞くんだ。」
耳元でする声に驚いて薄目を開けて私が見たのは、白い一匹のマウスが枕元に立ち、私を睨むようにして人の言葉で話しかけているのだった。
「ドクター、もういいかげんにしてくれないか。俺たちの仲間が毎日毎日世界中で何千何万と殺されている。おまえに俺たちの悲しみが分かるか。俺たちが受けている苦しみがどれほどのものか分かるか。俺たちをデータ作りの実験の道具としてしか扱っていないおまえは、俺たちの気持ちなど考えたこともないだろう。俺たちの受けた痛みの万分の一にも満たないが、おまえも少しは味わうがいい。」
そう言い残してマウスは消えた。

仕事にも集中できなくなり、学会への出席もあきらめた。過労が原因かもしれないということで、しばらく休養することにし温泉につかったり気ままな旅にも出てみた。しかしあいかわらず頭痛は根気よく正確に1時間ごとにやってきた。熟睡することも出来ず、体力はひましに弱っていった。鎮痛剤の量も増え、生きる気力さえも失って、遂に私は或る晩睡眠薬を多量に飲んで自殺を図った。

朦朧とした意識の中へ再びマウスは現れた
「ドクター、まだ簡単に死んでもらっては困るね。どうかね、これで少しは俺たちと痛みや苦しみを共有できたってもんだ。俺たちにだって感情があるのさ。ましてやわけの分からない薬を飲まされたり注射されたりするのは嫌なことなのさ。そう言えないでいるだけだ。医者なら命の尊さを誰より知っているのではないのかね。人間のために他の動物の命を犠牲にするのは間違っている。これからは動物実験は止めると約束してくれないか。」

私はマウスと約束し元気になって東京へ戻ったが、研究所には戻らなかった。なぜか研究生活への興味も情熱もすっかり失せていた。しかし、私とマウスとの、あの不思議な出会いはいったい何だったのだろうか。子供のころから周囲に期待され続け、本当の自分の進むべき道を知りながら本心を偽り続けて生きてきた。マウスは私の良心が形になって現れたのかも知れない。

今、私は船で小さな島々を訪れる巡回医療に忙しい。行く先々の人たちは私を頼り待ちわびていてくれる。以前は研究室にこもりきりで、痩せて青白く目ばかりをギラつかせて不満ばかりを口にしていた。それが今はどうだ。南国の陽を浴びて赤銅色に日焼けした顔は地元の人たちと区別がつかないほどだ。毎日毎日が楽しく遣り甲斐がある。

青空にポッカリ浮かんでいた雲がいつの間にかマウスのような形になった。
「久しぶりだね、ドクター。元気そうじゃないか。病気の本当の原因がどこからくるのか分かっただろう。身体が病むのは身体でしか表現できないからだよ。身体をいじくりまわしたり薬を飲むのもいいけれど、まずは心を健康にしないとね。」終
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by 892sun | 2007-10-24 19:28

第2話 岬の夫婦松

久しぶりの嵐に大空へ舞い上げられて、しばらくは西へ東へと風のまにまに漂った末に落ち着いたところは、岬のはずれの海に向かって突き出した大きな岩と岩の隙間だった。

わたしは、僅かばかりの砂の中にもぐり込み、二度と飛ばされないように身を縮めていた。雨が降り止み、陽の光が雲間からやさしく届くようになったころ、糸のような白い根を濡れた砂の中に伸ばし、まだ柔らかな緑色のトゲトゲ頭を持ち上げて、外の様子をそっと覗いてみた。嵐の後の海は鏡のように静かで、白くキラキラ輝いていた。岬の崖の上でのわたしの生活が始まったのだった。

朝日が昇り、海を照らし、大地を包み込み、そして西空へ沈んでいくのを毎日毎日飽きもせず眺めていた。しかしやがて冬が訪れると、海はしけて荒れ狂い潮の飛沫を容赦もなく浴びせかけてくる。凍えそうになりながら、それでも岩の間に根をこじ入れてふんばり枝を横に寝かせて風をはねのけた。

いつも背をかがめ海ばかり眺めていたので気付かずにいたのだが、ある日ふと背を伸ばしてみると、小岩の向こうにもわたしと同じように崖にへばり付いて生きている奴がいた。

山の中でぬくぬくと育っていれば、こんな苦労もないものをと、同じ環境で生きる者どうしすぐに仲のいい友達になれた。それからというものは、いつも二人で海を眺め、陽の光を浴び、潮風に体を揺らし、嵐をも楽しんだ。海鳥たちに旅の話しを聞きながら子育ての手伝いもした。

いつ頃のころからか、岬の果てに見える二本の松は、海峡を通る船の船頭たちの航海の目印にされるようになり、「岬の夫婦松」と呼ばれているとカモメに聞いた。そうなろうとして、なったわけではないが、それでも誰かの為になっていると知ったときは心底嬉しかった。

それからも長い長い年月が過ぎていった。大きな津波に根こそぎ海へ運ばれそうになったこともあったが、二人で根を絡ませ合い必死になって大岩にしがみ付いて助かった。戦争というものが起きて山の仲間たちは根を掘り出されて大勢死んだそうだ。わたしたちの根が取られなかったのは、恩を感じて忘れずにいてくれた人たちが助けてくれたのだろう。

昔は、猟師も近付けなかった断崖絶壁の岬だったが、今では灯台も出来て岬全体が公園になってしまった。何百年も共に過ごしたわたしの相方は、痛い痛いと言いながら昨年枯れて死んだ。人間たちは松食い虫のせいにしているが、今までそんな虫には負けなかった。塩風にだって、どんな台風にだって負けはしなかった。しかし近頃は雨にあたると体が焼けるように痛い。気力を振り絞って新芽を出しても雨が降ると縮れてしまう。

岩と砂に根を張って生きてきたわたしたちには、今までは雨がどんなに嬉しかったことか。それが怖くなった。どんな厳しい環境にも天候にも喜んで耐えてきたのに、今は生きることが辛い。人も風も水も土も、なにもかもいつのまにかすっかり変わってしまったようだ。おしまい
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by 892sun | 2007-10-23 10:23

Spritual short short stories

以前、書いたショートショートをホームページに掲載していますが、こちらのブログを読んでくださっている皆さんにも、改めて読んでいただこうと思って、記事のない日に、一話づつ紹介していきます。是非感想をお寄せくださいますよう、お願い致します。第一話は「幸せになれた蛇」、霊性進化のプロセスの途中で、他者のために身を犠牲にすることで幸せを感じる蛇のお話です。

  第1話 「幸せになれた 蛇」

気がついてみると僕は蛇だった。蛇は大嫌いのはずだったのに、蛇の僕は自分が嫌いじゃなかった。

小さな卵の殻を食い破って外に出てみると、そこには兄弟たちがいっぱいいた。だけど母さんはいなかった。僕たちは母さんを捜しにいくことにした。

僕は木に登り、高いところから遠くを見てみようと思った。どんどん幹を登っていくと、枝と枝のあいだに巣があって卵が四つ置いてあった。ちょうどおなかがすいていたので、みんな食べてしまった。親鳥が戻ってきて僕をみつけ、キーキー鳴きながら向かってきたので、僕も負けずに飛びかかろうとしたら、木から落ちた。

僕は茂みのなかを、やみくもにどんどん進んだ。暗くなってきたし、疲れたし、眠くなってきたので、近くにあった穴にもぐり込んだら、そこは野ネズミの家だった。野ネズミの母さんは僕を見て驚き逃げ出してしまった。僕は野ネズミの赤ちゃんをみんな食べて眠ってしまった。

目が覚めてみると、とても喉が渇いていたので、水を探しに外へ出た。川はすぐ近くにあった。僕は水を飲んだついでに水浴びもして体の汚れを落とし、日向ぼっこをしていた。その時、僕の上に黒い大きな影が覆いかぶさり、次の瞬間、僕は空中に浮かびあがっていた。

僕はトビに捕まり、大空を舞っていた。トビは僕を巣に持ち帰るなり、喉元に鋭いくちばしを突きたてた。僕はすぐ死んだ。

死んだはずの僕は、トビのそばで自分の体が引き裂かれ、トビのひなたちに分け与えられるのをじっと見ていた。ひなたちは僕の体をとてもおいしそうに食べた。僕はなんだかとても嬉しくなってしまった。

その時、僕は母さんに抱かれているような幸せを感じた。母さんは蛇じゃあなかった。母さんは暖かなぬくもりだった。僕はただ、その大きなぬくもりに抱かれているのだった。僕はとても幸せだった。      おしまい
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by 892sun | 2007-10-22 10:36



この世の仕組み、本当の生き方はもう分かりましたか?地球は次元が変わります。準備は整っていますか?心霊研究家のつぶやきに耳を傾けてください。
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