ひとりごと、ぶつぶつ

<   2007年 11月 ( 31 )   > この月の画像一覧

第38話 遺産

或る村で名も無い一人の男が死んだ。男には歳の近い3人の息子がいた。死期の近いことを悟った男は、或る日息子たちを枕元に呼んで、死後、遺産のことで争いの生じないように遺言書を読み上げた。

「一つ、長男の一郎には先祖から引き継いだ田地田畑、屋敷など不動産を全て譲る。兄弟で分割してしまっては専業農家として経営が成り立たぬ。長男の義務として、どうか私の跡を立派に引き継いでおくれ。」

「二つ、次郎は勉強が好きで学校の成績も抜群のようだから、学問を修めて世に役立てよ。私の代で稼いだ現金及び流動資産は全て次郎に託す。大学卒業までの学費には不自由しないだろう。」

「三つ、三郎には夢をやろう。私が父からこの家を継いだ時、私は一人子で他にやりたいこともあったが、叶わなかった。父の云い付けに背くことも出来ず、泣く泣くこの土地に埋もれて一生を過ごしたのだ。私が最も憧れた「自由」を三郎にやろう。法律に反するようなことをしなければ、どんな人生を選択しようと、おまえの自由だ、好きに生きよ。」そう言い残して、男は静かに瞼を閉じた。

父親としては、息子たちの性格やら能力を考え、将来を見据えた決断であったが、葬式もすんで一段落したころ、三郎から兄たち向かって不満が述べられた。遺産配分が平等ではないという不満である。確かに物的価値だけから判断すれば不平等であった。父の遺言は絶対であるが、そのことを心苦しく思っていた弟思いの一郎は、三郎の自由と自分の引き継いだ遺産との交換を提案した。三郎がこの家を継ぎ、自分が代わりに家を出るというものである。三郎は喜んで承諾した。

それから幾度も幾度も季節が巡り、今や3人の兄弟たちにも人生のゴールが見え始めていた。

三郎は家長としての立場も引継ぎ、村の役職などにもついて、傍目は立派にやっているように見えたが、地味な百姓仕事は嫌いだったから、家業は妻に任せて政治に関わったり、見当はずれな投資に失敗して、いつしか田畑も少しずつ他人手に渡り、今はほそぼそと出稼ぎ仕事などしながら、生計を立てている。しかし、子宝には恵まれて孫もたくさんできて、それなりに幸せではあった。

次郎はといえば、大学を出て地元の小学校の先生になった。定年は校長として迎えたのだから、たいしたものである。教育は社会建設の根底をなすものである。学問を修めて、世に役立てよ、と言い残した父の教えを忠実に実行した次郎の人生もまた、成功だったのではないか。

家督を捨てて好きに生きる自由を手にした一郎はどうしたのだろうか。一郎自身に人生を振り返って語ってもらうことにしよう。

「家を出ていった時もボストンバッグ一つだけだったし、、こうしてまた、帰ってきたときも昔のように手ぶらで戻ってきた私を世間はどう言うのだろうね。私にとっては世間がどう思おうと関心がないが、静かな村でそんなことが噂にされるのはあなた方には迷惑だろうから、また出かけるが、これまでのことを話しておこう。」

「あれから私は働きながら、全国を回って歩いた。何にでも興味があって、何でも見ておきたかったんだ。そのうち、自分が何がしたいのか分ってきた。親父もそうだったらしいが、私も実は画家になりたかったことを思い出したんだ。それで、レストランで働きながら、美術学校へ通った。それでも納得できなくて、旅費を作ってフランスに渡ったんだ。本場で勉強して認められるのが最高だと思ったんだがね。」

「親父の夢を自分が果たしてやるなんて意気込んではいたんだが、さすが本場はレベルが高い。認められるなんて宝くじに当たるより難しいことが分ったよ。名画の模写で餓えを凌ぐような生活を余儀なくされていたんだが、同じような境遇の女性と知り合って結婚した。それで、このままではだめだと二人でアメリカへ行ったんだ。サンフランシスコさ。」

「彼女は菓子作りが得意でね。生活のために手作りのフレンチ・クッキーを売り始めたんだ。これが結構いいビジネスになった。子供も出来てこの頃はとても幸せだったね。でもビジネス上の意見が合わなくなって離婚してしまった。それで私はまた、ボストンバッグ一つを持ってブラジルに渡ったよ。サンパウロの近くに牧場を買ってね。」

「そこで20年ばかり暮らした。ブラジルはいいとこさ、広くておおらかでね。で、そこでも保証した仲間が倒産して牧場は取られてしまった。こここそが終の住みかとおもったけれど、私のような生きかたをする者に終の住みかなんかはなさそうだと気付いてみれば、生まれ育ったこの村が妙に懐かしくなってね。ふらりと帰ってきたと言う訳さ。」

「見渡してみても、私ほどいろいろ経験した人間も少ないだろうね。他人の何倍もの人生を生きてきた気がする。天国と地獄のある遊園地を、ジェットコースターで駆け巡ったような気分さ。人生の目的が体験のためだというのなら、私ほど目的に叶った生きかたをしたものはいないだろうと思うよ。親父の残した遺産を守って、この小さな村で静かに何事も無く一生を終えることもできたのに、三郎のお蔭で本当に素晴らしい人生を送れた。感謝しているよ。じゃあ、元気でな、また来るよ。」

そう言って、一郎はボストンバッグを抱えるとまたふらっと、出ていってしまった。
                  
                         おわり

                   感想をお聞かせください。
b0034892_10451467.jpg

秋色に染まる恋人たち 11
by 892sun | 2007-11-30 10:45 | Trackback

第37話 ハレーション

小学生だった頃、大きくなったら何になる?そう聞かれると僕はいつも「写真屋さん」と答えていた。まだ、カメラマンとか、フォトグラファーとかいう名前は知らなかった。一年に一回、クラス全員の記念写真を撮りにくる写真屋のおじさんがカッコ良かったのかどうかは覚えていないし、なぜ写真屋さんに憧れるようになったか理由も思い出せないのだが、なぜか写真を撮る仕事をしたいという気持ちが日増しにつよくなっていった。

写真を撮るには写真機が必要だ。けれど、その頃、まだ写真機などというものは高級品で、どの家庭にもあったわけではない。僕の家は言うにおよばず、僕の生まれた小さな田舎の村全部にだって写真機を持っている家庭はごく僅かであったろう。大学を卒業しての初任給が、まだ一万五千円くらいの時代だったが、国産品とはいえ写真機は安くても三万円はした。ニコンやキャノンのような高級機は七、八万以上はしたと思う。

そんな頃、僕は猛烈にカメラが欲しいと思ったわけだが、貧しい家計のなかでそんな我侭が聞いてもらえるはずもなく、働いてお金を稼ぐにも田舎の小学生にアルバイトの口もあるわけがない。それで僕は一念発起して、僅かなおこずかいを貯金して憧れのカメラを手に入れようと決心したのだった。おやつ代わりに貰ったお金をこつこつと貯めた。暑い日、アイスを食べるのを我慢して貯金箱に十円を入れながら、いつかカメラを買える日のために我慢したこともたびたびある。しかし、三万円への道のりは気が遠くなるほど遠い。いつまでたっても夢は叶わなかった。

そんな絶望的な日々が続いていた、ある日、僕に素晴らしいことを教えてくれた人がいた。その人は、兎の養殖の智慧を教えてくれたのだ。兎は食肉にもなるし、毛皮は防寒に優れていて売買されている。買取をしてくれる業者の紹介もしてくれた。そのことを父に相談すると、父は心よく聞いてくれたばかりでなく、庭の一角に兎小屋を作るのも手伝ってくれたのだった。普段からあまりに僕がカメラが欲しいという気持ちが強いのを知っていて協力してやろうと思ってくれたのに違いない。

僕はそれまで貯めたお金で兎のつがいを買うと、それを育て始めた。餌は早朝、学校へ行く前に近所の野山でレンゲやたんぽぽなど、野草を取ってきて与える。下校後も野山を駆け巡って無料で調達した。冬場はさすがに野草はないので、くずのさつまいもや野菜をもらってきて与えた。兎は繁殖力も強く、平均数ヶ月で大人になる。育てた兎を手放すのは辛ったが、僕の頭の中にはカメラのことしかなかった。そんな作業が数年続き、僕は中学3年になっていた。なんとか、修学旅行には夢にまで見たカメラを持って行けたのだった。カメラ小僧の誕生である。

それからというものは、時間さえあれば被写体を求めて近隣をさまよい、何かイベントがあると聞けば必ず顔を出した。高校生になっていたが、勉強などはそっちのけで写真材料費を稼ぐのにアルバイトに精をだしてもいた。現像もプリントも自分で出来るようにはなっていたが、写真はやはりお金がかかりものなのである。兎の養殖はカメラを手に入れてからは止めてしまっていた。もともと動物好きだったから、さすがに良心が咎めたのだ。いつまでも兎の命をお金に換えることは出来ない。このカメラは兎たちが自分の命と引き換えに僕にプレゼントしてくれたものなのだ、ということを僕は充分に分かってはいたつもりだったが、あの事件は僕の魂に強烈に揺さぶりをかけたものだ。

それは、いつもの通い慣れた公園でのことだった。たまたま通りかかったカメラを持った僕に、記念写真のシャッターを押してほしいと頼んできたOLのグループと出会ったことに始まる。もちろん僕は心よく引き受けて彼女たちのカメラのシャッターを押してあげ、それがきっかけで女性モデルなど撮影する機会のない高校生としては、運良く女性写真を撮らせてもらうことになったのである。4,5人のグループだったが、一人一人個別にアングルや背景を変えて撮らせてもらった。別れ際、住所と名前を書きとめて送ってあげる約束を交わした。

数日後、時間を作り、心を躍らせてフィルムを現像をしてみた。どれも綺麗に撮れているように見えた。しかし、一人の女性を撮った数カットにハレーションが起きている。前後のカットは何の問題もないのに、間に挟まれた数カットだけ光が二重写しのように重なってしまっていて像が不鮮明で写真になっていない。。こんなことがあるのだろうか。なぜ彼女のカットだけが、と考えているうち、あの日の僕の記憶が蘇ってきた。そういえば、彼女は毛皮のコートを羽織っていた。確か兎の毛皮のような気がした。もしかして、あの中に僕が育てた兎が入っていたのではないだろうか。ああ、なんと言う巡り合わせ。無造作に机に置かれたカメラに向かって、僕は手を合わせるしかなかった。それからというものは、カメラを持って出歩く回数も減って、僕の写真熱は次第に冷めていった。終

                ご感想をお待ちしています。
b0034892_11325414.jpg

秋色に染まる恋人たち 10
by 892sun | 2007-11-29 11:33 | Trackback

第36話 或る人生

貧しいが正直で働き者の夫婦に子供が生まれた。きらきらと輝くような深い瞳をした男の子だった。夫婦はたいそう喜んで小太郎と名前を付け大事に育てた。聡明な顔立ち以外はどこにでもいるような普通の子供だったが、小太郎が七つになった時、原因不明の熱病に罹り三日三晩生死の境をさ迷った後、小太郎は神童と呼ばれるようになる特殊な能力を発言させるようになる。

失くしたモノがどこにあるのか言い当てたり、次に何が起きるのか分ってしまったり、病気治しが出来るようになってしまったのである。いわゆる霊能力者である。新聞やラジオなどのない時代ではあったが、たちまち噂は噂を呼んで隣近所の山村から、小太郎に会って相談事やら、病気治しを頼む人が後もきらぬ状態となった。

なにがしかの頼み事をすれば、必ず礼なり報酬としていくばくかの物品やら金銭を置いて帰ることになるから、あばら家だった家もいつのまにか豪邸に作り変えられ小太郎が成人するころには神殿まで建てられて小太郎は新興宗教の教祖の如く奉られてしまっていた。小太郎の行った奇跡やら話した言葉は記録され教義として出版された。神殿に通じる道の両脇には茶屋やら、みやげもの屋らが建ち並ぶ始末。静かな村だったのが繁華街のごとき様子を呈するようになったのである。

しかし、或る日突然困ったことが起きた。小太郎の霊能力がまったく消えてしまったのである。霊能力だけではない、記憶もまた消えてしまって小太郎は自分が誰で、今まで何をしてきたのかさえ思い出せないようになってしまったのである。

これは小太郎の背後霊団の仕業であった。もともと小太郎の霊はすでに成長を遂げた霊であり、再生の段階を終えていたのだが、本人がまだ奉仕し足りない、奉仕についてもっと学びたいという要望を持ったため、あえて最後の肉体生活を選んだのであったが、あまりに物的な欲望に流されて本来の目的から逸脱したため、持って生まれた能力を一時取り上げてしまったのであった。

教祖がおかしくなっても、まわりには支える人物がおおぜい取り巻いている。いなくなっても書かれた教義があれば事足りる。およそ宗教組織などというものはどこもそんなものである。小太郎は記憶も能力もなくなったのに、依然として教祖として祭り上げられていることに嫌気がさしてきていた。本能的にこのままではだめだと感じた。あるいは自分が生まれてきた目的を微かに思い出したのかもしれない。ある夜、誰にも気付かれないようにして、そっと村を出た。

子供のころから、およそ肉体労働などしたことのない身には放浪の旅はきついものだった。しばしば餓えて道端に倒れては助けられた。他人に尽くすことだけを信条としてきた者が尽くされる喜びを知った瞬間だった。そして記憶も能力も少しずつ戻っていった。小太郎はその後も村には戻らず、弟子も取らず一人死ぬまで全国を旅して回った。一期一会、尽くし尽くされる人とのふれあいに喜びがあった。かつて一世を風靡した霊能者は旅の途中の路傍で誰にも看取られず息を引き取ったが、その顔は安らかで満足感に充ちていた。終

               ご感想をお聞かせください。
b0034892_10493533.jpg

秋色に染まる恋人たち 9
by 892sun | 2007-11-28 10:49 | Trackback

第35話 終着駅

A氏の生活は、毎日毎日残業続きで、家にはまるで寝るためにだけ帰るような繰り返しだった。今夜も終電ぎりぎりまで仕事が終わらなかった。なんとか形だけつけて電車に飛び乗ったA氏は運良く空いた席に体を沈み込ませると、疲れが一度に襲ってきてすぐに眠ってしまった。

僅かな時間ではあったが、いつもの習慣で、降車駅が近くなれば反射的に目が醒める。その日も、そろそろ降りるころだと気がついて目を開けると、いつもと何か様子が違っていた。車内には自分一人で他には誰も乗客がいなくなっていたのだ。乗り越してしまったのだ、と思った。A氏は慌てて飛び起きると他の車両へ移ってみた。しかし、他の車両にも誰も乗っていなかった。電車は走り続けていた。そうだ、最後部の車両には車掌がいるはずだ、と走る電車の中を息せき切って最後部に向かって走っていった。

車掌はA氏に向かって歩いてくるところだった。他に何人かの乗客も一緒だった。よかった、私一人が乗り越したのではなかった、と責任を一人で負わなくて済むことが頭の隅をよぎった。きっとこの電車は車庫へでも入るのだろう。そこからどうして帰宅するか相談するつもりだった。A氏はまずすみませんと頭を下げて謝ってから、つい、うっかり寝過ごしてしまって、などと言い訳をしながらどうしたらいいものか尋ねたのだった。車掌は何も応えず、ただ黙ったまま窓の外を指差した。

A氏は窓の外を見た。今まで慌てていて気付かなかったが、なんということだろうか、確か自分の乗った電車は夜だったのに、窓の外には昼間の景色が飛び去っていく。A氏は一瞬、朝まで眠っていたのかと思ったほどだった。よくよく見てみると、走馬灯のように流れていく景色に見えたものは車窓の風景ではなかった。それは、まぎれもなくA氏の過去が映像となって映し出されている。他の乗客たちも、それぞれ自分の窓の映像を食い入るように見つめていた。

たいしたことは出来なかったが、それでも自分なりに一生懸命生きてきたつもりだった。夢を抱いて上京し夢中で働いた。好きな人も出来て恋もした。結婚した。子供も出来た。ローンだけれど小さな家も建てた。しかし、いいことばかりではない。リストラされて転職を余儀なくされたこともある。ローンの支払いに追われて苦しんでもいる。家族のことを思えば不本意な仕事もしなくてはならない。嫌な上司におべっかを使い、生き延びるには同僚を蹴落とすこともする。良心の呵責に苛まれ自殺の方法も真剣に考えた。

背後から車掌の声が聞こえてきた。「皆様、長らくご乗車ありがとうございました。この電車は、次元移行車両となっています。このたびは、三次元から四次元へ移行いたします。まもなく終着駅に到着いたします。移行を希望されない方は急いで降車下さいますようお願いいたします。」

車掌の言葉で、事態が把握できた。A氏は自分が何らかの事故に巻き込まれて死に向かっていることを理解した。このまま乗って終着駅まで行けば死ぬのだ。これで毎日毎日の苦しい生活からもやっと解放されると思うと、思わずほっとする気持ちがある一方、二人の娘たちともう会えなくなるとことに気がついて、A氏は車掌にドアを開けてくれるよう頼んだ。まだ死にたくない。苦しくても生きていたい。もう一度家族と暮らしたい。

翌日の新聞はトップニュースで昨夜の鉄道事故を報じていた。無人の踏み切りでの衝突脱線事故で数名の死者と多数の重軽傷者名が記載されていたが、死者のリストにA氏の名前はなかった。第35話、「終着駅」 終

               ご感想をお待ちしています。
b0034892_11354169.jpg

秋色に染まる恋人たち 8
by 892sun | 2007-11-27 11:35 | Trackback

第34話 或る患者

私は高血圧症である。30も半ばを過ぎたころから、そう診断されて以来降圧剤を毎日かかさず服用するようになった。別段塩分の多い食品が好きというわけでもないのだが、我が血統は歳を取るにつれ血圧が高くなる。遺伝なのだ。ご存知のように降圧剤は医師の処方箋がないと薬局で買うことが出来ない。その処方箋は医師の診断を受けないと発行されない。したがって、血圧が高いこと以外自覚症状もないのだが、4週間に一度は問診を受けるため、形だけでも病院を訪れざるを得ないのである。最初は億劫であったが、今ではこれも一つの健康管理と思って諦めている。

人付き合いは苦手なほうだが、待合室で退屈な時間をつぶしながら人々をじっと観察していると、4週間ごととはいえ、同じ病院に20年近くも通っているのだから、患者の顔を覚えてしまうこともあるし、同病合い憐れむで、つかの間の会話を楽しむこともある。名刺の交換から賀状のやりとりに発展するようになることもある。N氏もその一人であった。そのN氏がこのあいだこんな話をしてくれた。

「あなたも通院が長いようだからご存知だと思いますが、この新館が出来る前の格式の高かった旧館には大きなホールがありましたでしょう。医学生やら患者やら誰でも出入り自由だった図書室のような休憩室のようなホールですよ。一度はお入りになったことがあったんじゃありませんか?あのホールの奥の窓際にはいつもロッキングチェアーが置いてありました。ご存知なかった?ああ、そうですか。有名な話なんでご存知かと思っていましたが、あの椅子はここの大学病院の創設者の梅里幸三郎翁の愛用の椅子でしてね。生前の先生は晩年、公用から引退なさった後は、午前中はいつもあの椅子にかけてモーニングコーヒーを飲みながら新聞を読まれていたそうです。そこまではいいんですがね。」

そこでN氏は一呼吸おくと、声を抑えるような話方に変えた。
「こんな話、信じていただけるかどうか、実は、梅里翁はお亡くなりになった後も、朝になると必ずあのロッキングチェアーにすわって新聞を読んでおられたということです。多くの人たちが目撃しているのですから間違いありません。かくいう私も噂を聞いて確認しに行ってきました。生前の先生にお会いしたことはありませんでしたが、新聞、雑誌などの写真でお見かけした梅里先生が新聞を読んでおられるのをはっきりと見ました。窓越しに陽光が燦燦としている真昼間ですよ。幽霊というのは暗闇に出るというのは嘘だということをその時知りました。しかし、いずれにしても梅里翁はよほど自分の創立した大学と病院に愛着があったのでしょうねえ。新館に立て変えるという話が出てきたのは、そんな噂が広まると困ると関係者が思ったせいではないでしょうか。ばたばたと建て替え工事が始まりましたものねえ。」と言ってN氏はため息をついた。

12月に入ってすぐ、そのN氏から喪中につき年末年始の賀状を辞退しますという書状が届いた。よく見てみると、それはN氏本人からではなくN氏の奥方からのもので、亡くなったのがN氏だったのだ。どうやら今年の夏が越せなかったらしい。私に一月ばかり前に話をしてくれたのは、いったい誰だったのだろうか。彼が言ったように、どうやら幽霊はときとして幽霊らしからぬ姿を見せるようである。 第34話、「或る患者」 終

             感想をお待ちしております。
b0034892_13105093.jpg

秋色に染まる恋人たち 7
by 892sun | 2007-11-26 13:10 | Trackback

第33話 嫉妬に身を焼く

旧知のT警部から電話があった。
「いやあ、参りましたよ。いろんなヤマを踏んできたけど、こんなホトケさんを見たのは初めてでしたよ。ここは是非センセにも見ていただいてご意見を伺いたいのです。」
私が超能力やら、不思議なことの研究をしていることを思い出したらしい。

警部の話を要約すると次のようなことだった。駅前商店街のはずれにあった古本屋のタナベ書店のおばあちゃんが亡くなった。焼死だと連絡がきたので検死に立ち会ったのだが、どうも確かに焼死であるのは間違いないにしても、その死体の様子が不思議で過去の経験則では説明不可能で困り果てているということらしかった。

タナベ書店のことなら良く知っていた。ご主人の本好きが高じて戦後すぐに駅前商店街のはじのほうへ店を出したのだと聞いていた。夫婦仲の良いのでも有名で、どこへ行くにもいつも互いに老体を労わりあうかのように一緒だった。おしどり夫婦というのは田辺さんちのご夫婦のようなことを言うのね、私たちもああなりたいものね、と妻も言っていた。その田辺さんのご主人も、つい半年ほど前に亡くなり、店も閉めていた。


T警部とともにタナベ書店の中へ入った。店の奥の二部屋のうち一部屋が倉庫に、もう日一部屋で寝泊まりしていたらしく生活空間ができあがっていた。田辺夫人は中央のこたつに入った格好のままで死んでいたのだが、死体が異常であった。これではT警部が驚くのも無理はない。頭部と足首を残して燃え尽きてしまっていたのである。しかし、不思議なことに、こたつとかかっていた布団及び座っていたと思われる場所の畳と床材以外は燃えていなかったのである。

少なくとも人間一人を燃やすには相当の火力が必要であるし、温度も半端ではない。胴体が灰になるような温度であれば、当然のことながら、回りも高熱で焼けてしかるべきである。この家自体が火事になっても全然不思議ではない。むしろそのほうが自然なくらいだ。ところが、このホトケさんは、どう見ても外部から熱が加わって燃えたのではなく、熱源は自分の体内にあって焼けていったようにしか見えない。

T警部は、どうですか?と言わんばかりに私の顔を覗きこんで説明を求めている。現場の状況を見た瞬間、私には何が起きたのか分っていたのだが、その原因を求めて私は、どうやら生前おばあちゃんが何をしていて、こうなったのか散らばっていた手紙の束を集めると(手紙さえ燃えていなかった)それが誰と誰との間でやりとりした手紙なのか、すばやく読んでいた。

T警部に急き立てられるようにして、私は説明を始めた。
「これは人間の自然燃焼現象、SHCではないかと考えます。こたつの電源は明らかに入っていなかったようですし、失火であれば家そのものも焼けてしまったはずです。明らかに田辺さん自身の体内に熱源があったようにしか見えません。なぜこのような現象が起きるのか不明ですが、西洋ではたびたび起きていたようで、かのチャールズ・ディケンズもこの現象記録を集めて検証していたようです。写真撮影された現場写真も残されています。日本でも調べてみれば同じような現象はあるのではないでしょうか?人体は依然として謎の多い物質です。これはあくまで私の仮説ですが、田辺夫人は夫の形見の整理中に恋の書簡集を見つけ、あれほど愛した夫が自分とは別の人との間に知らなかった秘密の時間を持っていたことに対して、驚き嫉妬したエネルギーが自らの体内を発火させるほどだった、ということではないかと思います。」 終

              ご感想をお寄せください。
b0034892_15153932.jpg

秋色に染まる恋人たち6
by 892sun | 2007-11-25 15:16 | Trackback

第32話 整形美人

女性の場合、すれ違った人が振りかえるくらいに、可愛くて美しく生まれたのであれば、そうでない人と較べたとき、明らかに何らかのプラスがあると思う。人生は生まれつき平等でないことは明らかである。ただ美しいというだけで男どもは蝶よ花よともてはやすのに、顔の造作のちょっとしたバランスの違いだけでまったく振り向いてもくれないことがある。

そこで近頃では美容整形外科というのが大繁盛することになる。一重瞼を二重にして目を大きく見せるような初歩的な整形から、鼻の形を変えたり、皺取り、皺伸ばし、頬の骨をけずったり、顎を尖らして見せたり、何でも出来るようである。あちこち直しているうちに自分の本当の元の顔とはまったく別物の顔になっていても不思議ではない。

橘 冴子は自分を決して不美人だとは思ってはいなかったが、以前から美意識は強く持っていたし、出来れば美しくなりたいとは女性として当然のように思っていた。しかし整形してまでもとは思っていなかったのだが、一度失恋してからは、その思いが次第に強くなっていった。それがきっかけになった。初めは、いわゆるプチ整形という目尻を伸ばして目をハッキリさせるような手術だったが、それでかなり変わったことで自信をつけると、どんどんエスカレートしていった。昔のアルバムに貼ってあった写真と現在の自分とは、まるで別人になってしまった。

不思議なもので、自分に自信がついてくると仕事もうまくいくのである。もともと力はあったのだから、美しくなることによって周りも盛り立ててくれる相乗作用が働くのである。美しいキャリアウーマンのサクセスストーリーにはマスコミまでもが群がって、あることないこと尾ひれをつけて話の種にしてしまう。その後も、冴子は美しく生きるためには金に糸目はつけずずっと整形手術を続けながら女王様のように楽しく暮らしましたとさ、ではこの話は終わらない。

いかに整形手術を使って歳相応に美しく生きても、人間いつかは使用した肉体の期限が切れる。冴子もまた、その人生に似つかわしい派手な葬式とともにあの世へ旅だった。

さて、心霊学を勉強された方々にはご存知の通り、あの世は思念の世界でありまして心模様がそのまま形になってオモテに現れてしまう、嘘の付けない世界なのです。それに、いくらかけたか分らないほどかけて整形した肉体は、元の世界に置いてきてしまって、いまここにあるのはアルバムに貼ってあった若かりし頃の整形前の昔の顔かたちです。

冴子は鏡を見ながらため息をついています。いくら丁寧にお化粧しても、ちょっと何か他の事に気をとられていると顔がまた元通りになってしまうのです。醜いというほどではないにしても自分の顔が嫌いだから整形を繰り返したのに、こちらの世界ではその顔で勝負しなければばなりません。ため息も出るというものです。崩れても崩れても化粧を直す冴子を、半ば呆れたような感心したような面持ちで見つめながら守護霊様が言いました。

「冴子さんや、ご苦労さんだが、こちらでは整形手術もお化粧も通用せぬのじゃよ。うわべだけの飾りを付けることは出来ませんのじゃ。もう分っているとは思うが、美しくなりたければ内面から美しくならなければオモテに美しさは表現出来ぬのじゃ。」

「そのようでございますねえ。ではどのようにしましたら内面を美しくすることが出来ましょうか、教えてくださいませ。どのような犠牲も厭いませぬ。」

「では、どのようなものを美しいと感じられますか?美しいと感じられるような行為を自分がなされればよろしいのです。心が打ち震えるような行為に身を捧げればよろしいのです。そうすれば自然と身も心も美しく変わっていくのです。」

「まだこちらに来て日も浅く、どうしたらそのような事と関わりあえますか分りません。」

「これからおいおい教えてまいりますが、こちらに来てからではなかなかそのような機会は少ないのです。実を申せばむしろあちらで人生を送っておられた時にこそチャンスが多くありました。人が生まれていく目的はいくつもありますが、一つには身も心も美しくなるためでもあるのです。残念ながら、あなた様は安易な方法でうわべだけを美しくされてしまって、それで満足されてしまったということです。まあ、よろしい。失敗は誰にもよくあることです。次の機会にはそのことを忘れないように致しましょう。」  おしまい

        ご感想をお待ちしています。
b0034892_1520590.jpg

秋色に染まる恋人たち5
by 892sun | 2007-11-24 15:20 | Trackback

第31話 片目のジャック

桜の季節も終り、すっかり葉桜になったころ、やはり葉より先に花を咲かせるマグノリアが、あちこちの庭先で品の良い紫色の大きな花を咲かせる。僕はこの季節になるときまって、片目のジャックのことを思い出す。

あれは僕が上京して、3畳のアパートで一人暮しを始めたころのことだった。僕は昼間は米人家庭のハウスドライバーとして働き、夜はコマーシャルデザインの勉強をするために学校へ通っていた。

いつごろからか、近所で見かける猫たちのなかに、喧嘩でもしてつぶしたのだろうか、右目だけの黒猫がいるのに気がついた。体は小さいのにいかにも気が強そうで、僕と目が会っただけで反射的に身構えて、片目だけで鋭く威嚇するのだった。生まれたときから人間に関わっていない、いわゆる天然野良の猫は人は寄せ付けないし、敵意さえ持っているように見える。

生まれ育った環境に適応して生きれば楽なものを、若さゆえに、ただ、自分の夢だけを信じて頼るものさえいない大都会の真っ只中へ出てきてしまって、一人立ち尽くす僕にとっては、野良として東京砂漠のなかで平然として、当たり前のように生きている誇り高いこの黒猫に敬意さえ覚えて、ジャックという名前をつけた。

ジャックは僕のことなどまるで無視していた。合うたびに声をかけたり、猫の好きそうなものがあれば投げてやったりしたが、見向きもしなかった。僕はなんとかジャックに気に入られようと、部屋の窓の外にお皿を置いて食べ物を取り替えながら、食べてくれるのを根気良く待った。しかし、ほとんどはカラスのえさとなっていた。

一、ニヶ月した頃、なんとはなしに窓の外に気配を感じて、僕は窓を直接覗くのをやめてアパートの裏手にまわり、こっそりと自分の部屋の窓の外を見てみると、ジャックが僕の出しておいたエサを食べていた。とうとうやったね、僕はとても嬉しかった。

それからもジャックはしばしば僕の出しておいたものを食べてくれるようになった。しかし、僕が顔を見せようものなら決まって素早く姿を隠すように逃げてしまうのだった。そんなやりとりを続けながら、僕はジャックとの距離が少しずつではあるが縮まっていくのを感じていた。

いつからか、ジャックは僕が窓辺に顔を出しても逃げなくなった。でも3メートルぐらいが限度だった。それより近ずいたり、窓から体を出そうものなら、すぐに後ずさりしたり、一定の距離を保とうとしてしまう。いつしか僕はジャックをなでてみたり、抱いてやりたいと思うようになっていた。

ふいにジャックが姿を見せなくなった。1週間たっても2週間たってもジャックはあらわれなかった。どこへ行ってしまったのだろうか。どこかで事故にでもあったのだろうか。不安が脳裏を過ぎる。ひとりぼっちの僕は親友をなくしたようで、とても悲しかった。

1ヶ月はとうに経っていたと思う。やっとジャックが姿を見せた。しかし、なんとも変わり果てた姿になっていた。痩せて傷だらけだった。汚れた体毛が傷口にこわばりついて異様な生き物のように見えた。片方だけの眼光もすでに消えうせ、僕があわてて作った食べ物を食べる元気さえないようだった。今までどこへ行っていたのだろうか。

すぐに病院へ連れていってやりたかったが、そんなになってはいても僕が触ろうとすることは許さなかった。手を出そうとすると腹の底から搾り出すようにして唸るのだ。僕はダンボールの箱に衣類を敷いて窓の外に置いた。そこで休んでもらうつもりだった。ごめんよ、僕にはこれぐらいのことしか出来なくて。

ジャックはダンボールの箱の中で3日ほど生きていた。明け方のことだった。ニャーオーという鳴き声に目を覚ました僕はすぐにジャックの様子を見に行った。もうぐったりとして動くこともなかった。死んだことがわかった。僕はやっとまだ暖かいジャックの体を初めて抱いた。そう言えばジャックの鳴き声を聞いたのも最初で最後になった。

僕の部屋は、三畳一間の小さな部屋だったが、窓を開けると外にはマグノリアが大きな美しい花をいっぱいに咲かせているのが見える。僕はこっそりとジャックをマグノリアの木の根元に埋めた。まもなくして僕はそのアパートを引き払った

あれから幾たび季節は巡っていったのだろう。季節のない街と歌にも唄われた砂漠のような街で僕は生き続けてきた。人は所詮一人では生きてはいけないように言われるけれど、結局は一人で生きていくしかないのも事実だと思う。マグノリアの季節になるたび、ジャックのことを思出しては、なんとか一人でも生きてこられたことを感謝している。終

            ご感想をおまちしています。
b0034892_1027134.jpg

秋色に染まる恋人たち4
by 892sun | 2007-11-23 10:27 | Trackback

第30話 生と死の挟間で

衝撃はあったが、痛みはなかった。不思議な感覚だった。僕は数メートルの高さから、雨に濡れた道路にころがっている血だらけの自分の体を見下ろしていた。ヘルメットは吹っ飛び、上半身と下半身がねじれるように折れ曲がっている。頭からは夥しい血が流れ出している。ガードレールに突き刺さったバイクの車輪はまだ力なく回転していた。

見通しの悪い小雨に煙る国道をバイクで急いでいた僕は、前の車のかけた急ブレーキには反応したのだが、後輪がスリップして後ろから来た大型ダンプに接触し、跳ね飛ばされた。まったく一瞬の出来事だった。

やがて救急車がやって来て、僕の体は車に運び込まれ救急隊員が酸素吸入などの応急処置をほどこしてながら、サイレンもけたたましく病院へ搬送された。僕は自分の体についていった。そして緊急手術の一部始終もすっかり見ていた。すでに心臓は止まっていたが手術が成功すれば、元どおりになり生きかえれるものと安心していた。これが臨死体験というものだ、などと納得さえしていた。しかし、蘇生のためのあらゆる処置が施されたが、結局僕の心臓が再び鼓動を打つことはなかった。手術を担当した医者が力なく首をなんどか横に振った時、僕は死んだことになったのだった。えー、嘘だろう。僕はまだ18歳だよ。やりたいことがいっぱいあるのに・・・。

父母と院長が別室で話をしている。院長が僕の臓器を提供してくれるように言っている。そうだ、僕はドナー登録をしていたのを忘れていた。悲しみをこらえながら、父も母も僕の臓器が誰かの役に立ち、その人のなかで再び生き続けることが出来るのならと、臓器提供を承諾した。もちろん僕もそのつもりでドナー登録したのだから承諾することにした。お父さん、お母さんごめんなさい。もう生きかえることは出来ないのだったら、誰かのなかで生きてみるのも面白い。事故に遭うまでは僕は全くの健康体だったから傷ついてない臓器は使えるはずだ。すぐに解体作業が行われ、心臓、腎臓、角膜など移植できるものが取り分けられ移植先の病院へ搬送するよう手配された。しかしまるでまぐろの解体作業のようで見ていて気持ちが悪かった。

部品は新鮮なほど成功率が高いという。その日のうちに心臓は横浜に住むYさんという40歳になる女性に提供された。腎臓は仙台の25歳の男性Iさん、角膜は高知の6歳の少女Uちゃんに移植された。僕は一応所有者としての責任上それぞれの手術にも立ち会った。まったく場所は離れていたのだけれど、見たいと思った瞬間、そこにいた。僕の心臓とYさんの動脈が繋ぎ合わされて血が流れどっきん、どっきんと動きだしたのには感動した。思わずYさんの手を握り、おめでとうを言った。麻酔で深く眠っているはずのYさんが力強く握り返してくれた。

普通はドナーが誰なのか知らされることはないという。僕はそんなのは嫌だ。それで手術中の深い睡眠中に僕は彼らの意識の中へもぐり込み、きちんと挨拶だけは済ませたのだ。僕という人間がこの世に存在していたこと、僕という人間はもういないけど、その部品は生きていて、あなたたちの中で生き続けること。よろしくお願いします。そしてどうか大切にしてください。3人とも僕が現れたので驚いたみたいだったが、すぐ友達になれた。そしてこれからも夢のなかではいつでも会えることに決めたのだ。   終

           ご感想をお待ちしています。
b0034892_14325283.jpg

秋色に染まる恋人たち3
by 892sun | 2007-11-22 14:32 | Trackback

第29話 小さな聖者

私の小さな教会は、マニラ郊外、スモーキーマウンティンと呼ばれるゴミ捨て場の近くにある。ここでは日曜日の夕方だけだが、近所の恵まれない人々にささやかな夕食を差し上げている。住む家を失ったり働けない人や、親のない子供たちが2,30人ほどやってくる。本来なら毎晩でも提供したいところなのだが、豊かとは言えない財政状態をやりくりしたり、たまに篤志家からいただく寄付だけが頼りでは、これが精一杯というところなのだ。

カップ1杯のスープと一切れのパンに集まってくる人々の中にティムと呼ばれている少年を見かけるようになったのは、つい半年ほど前のことだった。給食の列が終わるころにすっとどこかから現れて、いつも最後にスープとパンをもらって帰っていく子がティムだった。最後の人が済むのを待って現れるのだから、きっとどこかで見て待っているのだろうが、一番最初に並んだことはなかった。一人スープ1杯パン一切れということになっているが、何度か同じ子が並ぶこともある。多分家で誰かが待っているのだろう、責められないことだった。したがって、だいたい間に合うようには作るのだが、日によっては足りなくなることもある。断腸の思いで帰ってもらうこともあるのだが、そんな時もティムはモノ欲しそうな態度をあからさまにするでもなく、悲しそうにするでもなく淡々として、いつのまにかいなくなってしまう。

私は、そんなティムのことが気になって、いつしか彼のために一人分を別に確保しておくようになった。しかしある日、列の最後の一人に配り終わり、ティムが柱の影から現れて、私の確保しておいたスープとパンを渡そうとした時だった。一人の少女が息せき切って駈け込んできた。もう配るものは残っていなかった。そのことを知っていたティムは、自分の受けとっていたスープとパンを当たり前のようにあっさりとその少女に差し出したのだった。ここに集まる人々は皆餓えているのだ。少しでも食べ物があれば、少しでも他人よりは多く食べたい人々なのだ。何ということだろうか。私はこのとき、このティムという少年に猛烈に興味を感じた。

「いいの?今晩はもうなにもないんだよ。」と私は言った。
「いいんです。慣れていますから。あの子は僕より辛そうだから。」と、ティム。
「そうかい、じゃあ私も今晩は君に付き合うことにするよ。」と私。

ティムのお母さんは、ティムを産んですぐ外国へ働きに出たまま連絡が取れなくなっているということだった。育ててくれた祖父も今は病気勝ちで、ティムがスモーキーマウンティンで金目のものを拾ったり、ときたま葬儀のときの墓地の掃除でもらうチップでなんとか生活しているという。もちろん学校へはいっていないが、話してみるととても聡明な少年だった。ちゃんとした家庭に生まれちゃんとした教育を受ければ、間違いなく立派な社会人として成功を収めるだろう。私はますますティムのことが好きになり、養子として引き取りたいと考えるまでになっていた。ティムに話してみた。

「お気持ちには感謝しますが・・・。」とティムは大人びた口調で言った。
「僕はそんなに長く生きられないようなのです。生まれつき心臓に障害があって手術すれば治ると聞きましたが、そんなお金はありませんし、いつ戻ってきても良いと言われていますし・・・。」
「えっ、何処へ?誰に?」と私は聞き返した。
ティムは祭壇の後ろに飾ってある十字架上のイエスを指差して、
「あの方が。」と答えた。
「君はあのお方に会ったことがあるの。」
「はい、眠ると夢の中でお会いすることが出来ます。僕はやり残した事があったので生まれてきたのですが、もう済んだそうなので、まもなくあの方の元へ帰ります。」
「帰るって、死ぬことだって知っているの?怖くはないの?」
「もちろんです。死ぬことは少しも怖くありません。なぜ生まれてきたのか、なぜ死ぬのか皆あの方に教えていただきました。今はいつその日が来るのか、いつこの不自由な体から解放されるのか、楽しみなぐらいです。」

そう自信を持って言い切るティムを見ていると、私には彼がなりは小さいが光輝く聖人のように見えた。聖職者として生きてきた自分がなぜか、その時ばかりは小さく感じられたのだった。           おわり

            ご感想をお待ちしております
b0034892_1031497.jpg

秋色に染まる恋人たち2
by 892sun | 2007-11-21 10:31 | Trackback



この世の仕組み、本当の生き方はもう分かりましたか?地球は次元が変わります。準備は整っていますか?心霊研究家のつぶやきに耳を傾けてください。
以前の記事
2016年 12月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 11月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 11月
2014年 09月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月
2005年 09月
2005年 08月
2005年 07月
2005年 06月
2005年 05月
2005年 04月
2005年 03月
2005年 02月
2005年 01月
2004年 12月
2004年 11月
2004年 10月
2004年 09月
home page
最新のコメント
書き込みをさせてもらって..
by 芋野幹子 at 08:49
こんばんは。私も2012..
by ワンコロ at 23:11
あるんです 祈りの..
by 京都府より 田中 at 21:43
お久しぶりです。Drea..
by Dream at 02:21
初めまして。以前からブロ..
by リュウライザー at 23:23
ライフログ
最新の記事
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧