ひとりごと、ぶつぶつ

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オリンピック残酷物語

これまで、数々の都市で行われてきたオリンピックだが、始まる前からも後になっても、これほど批判されたオリンピックも珍しい。北京五輪と呼ばれるように、開催は国ではなく都市が主催するものだが、この大会に限っては、それこそ国を挙げて催された。大紀元が悲喜劇の内幕を暴露している。今後のオリンピックの在り方や開催の仕方について論考するためにも、その一部を転載しよう。

北京五輪、金メダル1個獲得に100億円!?=問われる中国の「挙国体制」
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 【大紀元日本8月30日】 17日間の会期を終え、北京五輪は終了した。中国国内に潜む危機を回避するために強行した北京オリンピックは、400億ドルを拠出し、史上最高額を記録した。開幕式の「口パク事件」「偽の足跡花火」「ニセの少数民族の子供」「ランラン(朗朗)のニセピアノ演奏」、そして世界を呆れさせた「体操選手の年齢詐称疑惑」「観客席のさくら」、はたまた「劉翔の八百長の棄権」と、偽演出のオンパレードで、今大会は「ニセモノ・オリンピック」とも呼ばれている。

 今大会では、中国代表団が最多の金メダルを獲得し、「挙国体制」の勝利だという論調が中国国内のメディアを賑わせた。しかし、多くの専門家は「挙国体制」はスポーツの健全な発展を図ることはできず、更に選手の心身両面の健康を損なう恐れがあると指摘している。

 新華ネット8月22日の報道によると、北京オリンピック組織委員会の顧問は記者会見で、「(最多の金メダルが取れたことは)挙国体制の有効性が証明された証し」と述べた。「挙国体制」について、当局は「国力がまだ弱い状況下で、全国の人的・物的資源をある分野に集中させる制度」と解釈している。つまり、大会でメダルを取れるように、社会の限られた資源を総動員して、数少ないエリート選手を養成するということだ。

 アテネオリンピック以降、中国の「挙国体制」について疑問を呈する人が増えてきた。つまり、「挙国体制」は確かに中国チームに良い成績をもたらすかもしれないが、一方で選手に逃げ場のない重圧を与え、しかも国民全体の体力向上には繋がっていない。また、選手を食い物にするスポーツ官僚を生み出す温床にもなっており、その体制自体がオリンピック精神に違反しているのだ。

 金メダル一個獲得に100億円!?

 数年前、金メダル一個獲得するのに7億元(約100億円)という説が広まり、社会に波紋を投げかけた。国家体育総局体育社会科学研究センターの鮑明暁主任が、これに修正を加えた。同主任の話によると、中国政府はオリンピック選手一人あたり約4~5百万元(約6千万‐7千5百万円)の資金をかけているという。アテネオリンピックの時には、中国選手団400人に16~20億元(約240億‐300億円)の費用がかかった。当時獲得した金メダルは32個だから、金メダル1個獲得におよそ5~6千万元(約7億5千‐9億円)がかかった計算だ。しかし、この数字には選手の初期の養成費用が含まれていない。

 中国メディアの報道によると、現在中国各地の少年体育学校には約20万人が在籍しているという。一人当たりの年間訓練費用が2万元(約30万円)だとすると、20万人で年間40億元(約600億円)かかる。少年体育学校では、選手一人が卒業するまでに大体8年間かかるため、320億元(約4800億円)必要である。今回の北京五輪で取得した50枚の金メダルで計算すると、一枚あたり6~7億元がかかっていることになる。これは無論、他の国では考えられない数字である。

 海外では一般的に、オリンピック選手は選考制度によって選ばれているが、中国など共産主義の国ではエリート養成制度が採られている。西側諸国の場合、観賞価値があって金儲けのできるスポーツにプロ選手がいるほか、多くの種目の選手は普段、他の職業に従事し、オリンピック選考試合のときだけ集まって強化訓練を受ける。そのため、オリンピックに投入する資金は少なくて済む。

 人口と金メダルの比例を見ると、西側諸国の場合は100万人に1人がオリンピックの金メダルを取得しているのに対して、中国の場合は2000万人に1人という割合になっている。同じアジアに位置する韓国に比べても、20倍の差があり、その差は歴然である。

 ピラミッドの頂点と底辺、その運命は雲泥の差

 ここ20数年来、中国共産党政権はその権力を強化するため、スポーツを利用して民族主義を煽り、国民の結束を図ろうとしてきた。有名なスポーツ選手の中には、積極的にコマーシャルに起用され、富を手に入れた者も少なくない。

 陸上110メートル障害走の劉翔・選手は、2004年アテネオリンピックで金メダルを獲得した後、コマーシャルの契約金が当初の3~4百万元から、最近では1000万元まで飛躍的に上昇した。2007年にはナイキを含む14のメーカーと広告契約を結び、昨年の年収は1.6億元(約24億円)に達した。

 中国において、これはよく見られる現象である。劉翔のコマーシャルは中国陸上協会管理センターによってマネジメントされ、契約金の交渉、コマーシャルの制作とメディアの選定は全部、同センターが一手に引き受ける。収入は両者が割合に応じて分ける。

 今大会で劉翔は突如レースの途中で棄権し、そのため一部のスポンサー企業は契約を打ち切った。棄権したために、劉翔は1億元を超える損失を蒙り、スポンサー企業も30億元の収益減になると見られている。

 劉翔にとって、これはとても残念な結果ではあるが、何と言っても彼はかつてのオリンピック金メダリストである。一般の選手が想像もつかない程の大金を手にしたのであり、彼は非常に恵まれた選手だったということができよう。

 ピラミッドの頂点に上り詰めた劉翔の下には、約20万人の選手がおり、彼らの多くは各種の体育学校で訓練を受けながら、金メダルを夢見ている。49年の歴史がある北京の什刹海体育学校には、8種目、600人の選手が在籍しており、彼らの訓練費や学費、寮費は合計一人当たり毎年3万元、全部国が負担しているという。成績が優秀な学生は省レベルのチームに入り、国家登録の選手になる。これが中国におけるプロ選手の養成方法であり、生徒らはオリンピックの金メダルに人生を賭けて生きる。しかし、大半はピラミッドの最下部に埋もれたまま、選手人生が終わってしまい、彼らのこれからの運命に関心を持つ人もいない。実際、体育学校を終了した人たちは、普通の人より就職が困難である。

 過酷な訓練プログラム

 「挙国体制」の下で選ばれた選手には、子供も含めて地獄のトレーニングが待っている。表彰台に上がるときの栄光は羨望の的だが、それに達するまでの訓練は想像を絶するほど過酷なのだ。

 新華ネット1月7日の報道によると、国家体育総局が北京市と湖北省の選手の収入に対して調査を行った結果、平均収入は777元だけだったという。サッカーやバスケットボールなど認知度が高く、市場化された種目の選手のみが高い収入を得ている。しかし、これら恵まれた選手の数は、全体のほんのわずかである。

 「ニューヨーク・タイムズ」6月28日付記事では、アテネ五輪で金メダルを獲得したカヌー選手・楊文軍の話を紹介している。楊は、現在の生活に我慢できず、カヌーから引退する努力をしていると話した。肝臓病を抱えている楊は疲れやすく、過激な運動が彼の寿命を短縮させる恐れがあると言われているが、引退を許されていない。楊は幹部から「北京オリンピックに参加しなければ、年金を取り消されるぞ」と脅かされたという。

 あるスポーツ記者はブログで、福建省体操チームを取材した際に目にした状況を明かした。「まだ子供の彼女の掌は皮が剥けており、肉が裂け、血が滲み出ていた。どこが肉なのか、どこがたこかも分からない」とその凄まじい様子を語っている。さらに、この子供はコーチの許可がなければ、記者の話しかけにも応じられず、特別な事情がない限り、家に戻ることも親が面会に来る事も禁じられている。子供たちは、たとえ盲腸の手術を受けても、三日後には練習を再開する。また、試合のために女の子は生理を遅らせる薬を服用しなければならない。

 女子一万メートル世界記録保持者の王軍霞は日記の中で、「あなたはあまりにも酷で、まったく人間性がない。もう我慢できない。私たちは人間であり、畜生ではない。私たちは愛情がほしい。自由がほしい」とコーチの馬俊仁に訴えている。90年代に陸上競技で数々の世界記録を出した「馬軍団」は、1994年12月12日に「クーデター」が起こり、王軍霞を始めとする選手らが突然、チームを離れた。その理由は「強化訓練でのコーチの暴行と暴言に耐えられない」としている。2002年、馬軍団のトップランナー董艶梅は自殺未遂を図り、中国社会に大きな波紋を広げ、馬軍団の訓練の残酷さも徐々に人々に知られるようになった。

 女子ホッケーは今大会で銀メダルを獲得したが、その日常の訓練はキャプテンの陳朝霞が「地獄のトレーニング」と呼ぶほど厳しいものだったという。選手の張海英は試合中、顔に大ケガを負ったが、簡単な手当てを受けてすぐに試合に戻った。ボールが当たり一度に5本の歯が抜けた選手も退場せず、試合を続けていた。

 引退選手の困窮

 中国体育新聞の報道によると、中国には30万人の引退選手がおり、その80%が失業や貧困に苦しみ、また厳しい訓練で負ったケガや健康問題に悩まされている人もいるという。

 吉林省女子重量挙げチームの鄒春蘭はかつての全国チャンピオンで、金メダル7個を取ったことがあり、世界記録保持者でもあった。輝かしい成績を残した彼女は引退後、公衆浴場で垢すりをし、日々の生計を立ててきた。彼女には喉ぼとけ、かすれ声、不妊症などの後遺症も現れたという。

 鄒春蘭は「ニューヨークタイムズ」の取材に対して、「私と同じ窮地に陥った多くの選手は、援助を得ていない。私たちは社会から取り残され、教育を受けたこともなく、子供を生むこともできない。私たちは一生面倒を見てあげるという甘い言葉をかけたあの体制に騙された」と心境を吐露している。

 選手は自分の健康と人生を代償にして、金メダルに賭けてきた。しかし、金メダルを取れる人はほんの一部であり、極めて少ない。彼らは人生の最も良い時期をスポーツに捧げ、スポーツのほかに生きる術を何一つ身に付けていない。メダルの色が褪せれば、とたんに彼らは生活苦に陥ってしまう。

 マラソン世界チャンピオンだった艾冬梅は、生活に困ったためにこれまで獲得した15枚のメダルを売却することにした。彼女は「スポーツに従事したことを後悔している。成績を残したが、名誉はチームのもの、賞金はコーチのもの、ケガだけが私のものになった。知識もお金もなく、たくさんの傷を抱えただけだ。子供のミルクを買うお金もない」と窮状を訴えた。

 国民の体力の低下

 どの国よりも金メダルを多く獲得しようとした中国人の体力は、年々落ち続けている。特に青少年の場合、肥満人口はここ10年で激増している。統計によると、中国人の40%が体重オーバーで、そのうち7000万人が肥満と診断されている。向こう10年間で中国の肥満者は2億人を超えるだろうと専門家は分析している。

 体力低下の原因は、運動量の減少、スポーツ器材と運動場の不足にあると専門家は見ている。人民ネット8月11日の報道によると、中国では平均1万人が6.58の運動場を有しており、一人に1.03平米の運動場を有しているのに対して、アメリカ、日本などの先進国は平均1万人が200の運動場を有しているという。

 更に、中国人のスポーツにかけるお金は一人当たり3ドル未満であり、アジアの平均額12ドル、世界の平均額36ドルと大きな開きがあり、欧米先進国の平均額300~500ドルよりはるかに下回っている。このことからも中国国民は、スポーツの挙国体制から何のメリットも得られなかったことが分かる。

 挙国体制の受益者

 挙国体制である以上、選手の「所有権」は国に属し、彼らのビジネス活動から得た収入は、自分の分のほか、全部国庫に納めるべきである。ところが、選手の収入に対しては明確な配分体制がなく、ほとんどの収入は選手と選手を取り巻く人たちの手に入ってしまう。一般的に、収入の50%は選手、残りはコーチ、体育局と選手所属の体育管理センターまたは体育協会に割当てられる。そのため、体育管理センターなどの管理機関が、選手のビジネス活動を後押しするような現象もある。挙国体制を支えてきた納税者には、実は何のメリットもなく、一握りの人たちがこの体制から受益しているだけだ。***転載終わり
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by 892sun | 2008-08-31 10:03 | Trackback

明るみに出てきた事実

何世紀にも渡って、世界を裏から支配してきた勢力については、すでに多くの文献がありますが、決して表だって活動してきませんでしたし、通信社を始めとして世界のマスコミをも支配してきましたから、依然として彼らの存在さえ知らない人たちは大勢います。その勢力が、今、力を失い、これまで隠してきたことが次々と暴露されてきています。自分たちの利権を守り保護するためには、人類が当然受け取るべき恩寵を拒否し、発明や発見者を殺し、そして他の天体に住む知的生命体からのコンタクトも秘密裏に隠匿されてきたようです。興味惹かれる対談が「ザ フナイ」に掲載され、マイミクさんが日記に書かれていますので、そこからさらに転載します。

社団法人 日本緑十字社
クリーンエネルギー研究所 所長
井出 治
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本誌主幹
船井幸雄

井出治(いでおさむ)
1949(昭和24)年、愛媛県今治市生まれ。71年、立命館大学理工学部卒業。73年より未知エネルギーの研究を開始。セイコー電子工業㈱勤務を経て、84年より(社)日
本緑十字社クリーンエネルギー研究所所長。現在に至る。
本来の未知エネルギー研究と共に、ニコラ・テスラの発明したテスラコイルの製作と応用研究も手掛け、これらは商品化されている。他方、健康関係の商品開発も行い、
数種類のヒット商品がある。菩書に『パンドーラの遺産』(ビジネス社)ほか、共著、雑誌記事多数。
連絡先 クリーンエネルギー研究所

フリーエネルギーとはいったい何でしょうか?それは、外部からエネルギーを供給しなくても永久に運動を続け、外に対して仕事を行い続けることのできる装置である「永久機関」を可能にするエネルギーのことです。
これが実現すれぱ石炭も石油も不要となり、エネルギーをめぐって争うこともなくなるでしょう。それは無尽蔵に存在するエネルギーといわれています。そのフリーエネルギーを、どうやったら取り出すことができるのか?
この研究に約30年間にわたって取り組んでいらしたのが、井出治さんです。『ザ・フナイ」2007年11月号の特集でも、こ執筆いただきました。
井出さんはどんな体験を経て、今に至っていらっしゃるのでしょうか。びっくりするようなお話の数々を語っていただきました。

船井
 井出治さんとは、かれこれ16年くらいの長いつきあいになります。

井出
 最初にお目にかかったのは、まだ㈱船井総合研究所の社屋が芝にあった頃でした。1996年に『パンドーラの遺産』(ビジネス社)を出版したときには、たいへんお世話になりました。丸善本店に行った友達から「君の本が文芸書で5位に入っていたよ」と知らせを受け、本当にびっくりでした。こんなことは普通ではありえないので、これはすべて船井先生のおかげだなと感謝しています。

船井
 井出さんは、長年フリーエネルギーの研究をされてきました。フリーエネルギーについては、私もそれなりに勉強して興味のある分野なんです。
 米国物理学会やNASAのラングレー研究所で論文を発表されたと聞いていますが。

井出
 私が研究で得られた結果はすぐには応用できないものの、学問的な意味において非常に貴重な内容でした。それを公表するにはどこがいいかをいろいろ考えまして。まずは『フリーエネルギー技術開発の動向』という本の中に一部を書いたところ、それを見たT大学工学部のA教授から、「これを正式な学術論文にしなさい」とアドバイスされまして。
 それで正式な論文にしたのですが、これがまたとんでもなく難しいことでした。日本の物理学会は保守的なので受け入れてもらえないだろうと「アメリカ電気学会」に出したところ、出しては拒絶、出してはまた拒絶……。そのたびに実験を繰り返し、論文の内容を練りに練っていきました。それでも結局、「この論文であなたの言っていることは物理学の法則に違反しています」と拒否された格好でした。
 で、今度は「アメリカ物理学会」に切り替えたんです。そうしたところ、一発で査読者から「これはすばらしい」という内容のコメントをいただいたんですね。電気学会でブラッシュアップされ、操まれたおかげもあったのでしょう。物理学会に切り替えた途端に「これは0Kですよ」という通知をいただきまして。1995年1月のことでした。
 その年の6月には、晴れて学会の論文誌に掲載されました。掲載されるということは、自分で言うのも何ですが、学位論文と同じくらいの価値があるんです。これを使って大学で手続きをとれば学位収得も可能というくらいのレベルの学会ですから。

船井
 そこで認めてくれた人が、マロープ博士だったのですね。

井出
 ええ。私の論文を見た途端に「これは新しいエネルギーの内容だ」と見抜いてくださり、すぐに自分の出している雑誌に載せてくれたんです。ユージン・マローブという、MIT(マサチューセッツエ科大学)の教授だった方です。

船井
 ところが、マローブさんはその後、突然亡くなってしまったということで。

井出
 彼は常温核融含などの研究もされていた方ですが、自宅で他殺体という形で発見されたようです。マロープさんだけではなく、私がこの研究を始めて関わった人たちのうち、優秀な方ばかりがなぜか4人も似たような形で亡くなっています。
 フリーエネルギー分野では、私が最初に興味を持った「EMAモーター」の発明者がやっぱり亡くなりました。
 こういう話になっていいのか分かりませんが、ステファン・マリノフというオーストリアの研究者も、グラーツ工科大学の図書館から飛び降りて亡くなりました。その人も私が物理学会で発表した論文を最初に評価してくださった学者です。「井出治はエネルギー保存則を破ったのか」と、自分の論文集にはっきり書きましてね。なぜ亡くなったのか真相は分からないですが……。でも、それを一言書いてくださったことは、私にとってはありがたいことでした。
 それと、もう一人、Nマシン(※1)で有名な、ブルース・デ・パルマという人がいます。この方もマサチューセッツエ科大にいた学者ですけれど、「命が危険だから」とオーストラリアで研究を続けていました。それにもかかわらず、最終的には不本意な形で亡くなりました。このように権威ある人が一歩進んだ研究に従事すると、命の危険にさらされることが多いのですね。私などは権威がないから逆に安心ということになります(笑)。
 その学会で論文を発表し掲載されたことで、私も心が楽になりました。従来のエネルギー保存則を破っているという内容を認知してもらえたからです。それをもとに実用化ができれぱ、永久機関ができるわけですから。
 その後、NASAのラングレー研究所からも手紙をもらい、「磁気浮上技術国際会議」で、1999年12月3日に発表させていただきました。
不思議体験

井出
 ところでそのときに、ちょっと不思議なことがあったんです。私が発表する当日、家内が会場になったホテルの上に金色に輝くUFOが10分くらい、ゆっくりと不規則に蛇行しているのを見ました。「なぜ、そのとき私に教えてくれないんだ」とあとで言いましたが、私は会場での発表を控えていたので、見られませんでした。
 私が発表するときには家内も写真を撮るために会場におりましたが、発表が始まると同時に、とてもきちっとした身なりの紳士が4人、入ってきたそうです。ラフな服装が多い参加者の中では、とりわけ目立っていたらしいのです。1人はロマンスグレーの頭髪で、他の3人は若い部下のような感じで、みんなビシッとスーツを決めて非常にかっこいい人たちだったそうです。そのとき家内は「NASAかどこかの政府の高官ではないか」と思ったそうです。4人固まって座り、じっと動かないで最後まで聴いていたというんですよ。私の発表後、聴衆の人たちとの質疑応答が長引きましたが、その間もー人は右肘をついてじっと聴いていた。ところが終了後、さっと4人とも出ていったというんですよ。
 家内はその4人の写真を後ろから撮っていたのですが、まったく写っていなかった(笑)。これはひょっとしたら宇宙人ではないかなと。その前に金色に輝くUF0を見ていますので。結論として最近分かったことなんですが、やはりどうも地球に来ている宇宙人だったらしいです。
 私自身、UFOは見飽きるくらい、今までよく見てきました。地球には、われわれ人間と同じ姿をした宇宙人が、いろいろな星からやって来てわれわれの中に混じっているようですね。そういうことを理解する人たちも最近では多くなってきていますが、宇宙人にも、いろいろなタイプがあるようです。目的や意図がそれぞれ違うのでしょう。
 私が聴いたところによりますと、空間が違ったら物理法則も全部違うらしい。これはおもしろいと思いました(笑)。「何の目的で来てるんだ」と聞きましたら、向こうは私と一緒に研究をやっているみたいなんです。というのは、この地球空間では彼らがエネルギーを取り出す方法を知らないというんですよ。これは意外です。「この空間でのやり方がわれわれには分からない。だから、どういうふうにするか、おまえを通じて研究している」というんです。
「おまえが失敗しようが、全部それは資料だ。結果が出たら、それを持ってわれわれは立ち去ります。地球や日本に対して何の未練もない」と言われました。「地球や日本がどうなろうが異空間にいるわれわれには何の関係もありません」というのは、ある意味、非常に冷酷ですよね(笑)。しかし、言っていることは非常に論理的でよく理解できます。
 しかも「危ないから、今の研究を早くやれ」って言われています(笑)。それを言ってくれるのは、非常にかわいい妖精のような存在ですよ。私と上にいる宇宙人との中間にいる精霊みたいな感じなんです。最近、香港で誰かが宇宙人の映画をつくりましたよね。小さな丸い顔をした妖精のような宇宙人が出てくる映画です。あれによく似ています。何か非常に心が陽気といいますか、軽やかです。……宇宙人の話ばかりになっちゃ、対談が困りますね(笑)。

船井
 いや、いいですよ。

井出
 それはさておき、私の周辺は今世紀に入ってから、不思議なことばかりなんですよ。急にそういうことばかり起こるようになって、それが全部、関連しているという感じなんですね。他にも不思議な現象がいっぱい起こりました。その中でもびっくりしたのがテレポーテーションです。あれを経験すると、何が起こっても、もう何も不思議でないという、そういう感じになっています。
 2003年9月28日の夜9時頃です。地下鉄「九段下」駅で半蔵門線から東西線に乗り換えるときに、目をつぶっても乗り換えは絶対間違わないという場所で起こりました。今考えたら、キーッという音が聞こえてたという記憶があるんですが。周りがセビア色で、ちょっとだけゆらゆらしてるんです。「いつもの場所と違うな? おかしいな?」と。よく考えると向こう側のホームにテレポーテーションしていたんですね。そのとき体重をあまり感じなかったような気がします。
 不思議な体験は、実をいうと20歳のときにもしています。大学時代、京都の「シンフォニー」という平安神宮のすぐ近くの喫茶店で、バロック音楽ばかり聴いていました。ある曲を聴いているときに、尾てい骨からすーっと花火が上がってくるんですね。で、頭のてっぺんに来た途端、バーと白い光が拡がるのが見える。何で頭頂から出る光が自分の目に見えるんだという感じで。そしたら、その次の瞬間、宇宙空間をどうも飛んでいたような、真っ暗なトンネルを通っていたような記憶があるんですよね。
 「これは死んじゃうんじゃないかな」と思った途端に元に戻ってきました。一種の臨死体験ですよね。そのころの私は学生時代ですから、唯物論のかたまりですよ。そんな状況を信じる心の余地なんか何もなかったです。とにかくその体験を思い出したくないという気持ちでした。あのころは学園紛争のまっただ中で、そういう精神世界系、非唯物論的なことを話題にするムードもなかった。人に言っても分からないし、一切言わなかったですね。でも今思うと私の出発点でした。
 その後、UFO研究家の清家新一さん(※2)の著書を読んだことが、この道に入る直接のきっかけになりました。大学卒業後、入った研究所の理事長で吉田先生という、元大阪府立大の工学部長、京大を出られている先生が清家さんの『宇宙の四次元世界』(大陸書房)という本を読んでいました。私もすぐに買って読んだらびっくりしちゃいまして。

船井
 この本も清家さんも知っています。この本はおもしろい。

井出
 清家さんが私と同郷の愛媛県なものですから、松山に帰省するたびに宇和島に行きまして「清家さん、ちょっと研究を手伝わせてください」ということで、弟子入りのような形になりました。私の実験レポートを見た東京の「タクマ」という会社の部長さんが当時の京都の下宿まで来て私の実験装置をご覧になり、EMAモーターの情報を持ってきてくださったんです。

船井
 宇和島市というのは、私にも特別親しい場所なんです。仲の良い日本画家の浜田泰介さん(※3)が宇和島出身だし、それから私の大学時代の友達に今松泰次郎君というのがいて叔父さんが南予地方(愛媛県南部)から出ている代議士でした。だから私もあのへんの奇人変人はかなり知っています。

井出
 その後、今の研究所でじっくり腰をすえて研究に打ち込めるようになれたのは、矢追純一さん(※4)のおかげです。私がセイコー電子工業㈱に勤めているときに、失追さんから橋本会長㈱ナチュラルグループ本社代表取締役)を紹介いただき、それ以来二十数年間この研究を続けてこられました。矢追さんは1970年代からUF0の研究などをやっていましたから、ある意味ではものすごいパイオニアです。

船井
 懐かしい名前ですね、矢追純一さんにもよく会いました。この世界は私も古いですね(笑)。

※2 清家新一:(1936~)愛媛県宇和鳥市生まれ。東京大学理学部大学院修了後、茨城大学や愛媛帝京短期大学で教鞭を取る。1969年に「超相対性理論」を発表、1973年に宇和島市に「重カ研究所」(現・「宇宙研究所」)を設立してUF0や宇宙人の研究に取り組む。
月の謎

井出
 最近のアメリカの一部のメディアで、アポロ14号(1971年2月)で月に着陸した宇宙飛行士のエドガー・ミッチェルが、「NASAは、UFOと宇宙人の情報を隠蔽している」と公言しました。
 1970年代の本には、ドン・ウィルソン著「月の先住者』(たま出版)のように、月に何があるかに関して暴いているものがすでに出ています。アメリカは宇宙計画を始めて、何回も探査機を飛ばして、月に何があるかというのは、60年代までにはつかんでいたんですよね。月の裏側にはいろんな基地があったり、あるいは表側にもものすごい構造物があるということを全部知った上で、敢えて実行したのがアポロ計画なんです。アポロ8号1968年12月)が初めて月を10周、周回した。そのときの宇宙飛行士3名は人類で初めて月の裏側を目撃した。
 その後アポロ11号(1969年7月20日)が史上初めて月面着陸に成功したときに、世界中に中継する際はどのようにしないといけないのか、が中継する側にとって大問題になった。とにかくUFOがすぐ画面に入ってくるわけですよね。それが世界中に流れたらとんでもないことになると。それを回避するために何をやるかということの結果が、月面に関するインチキ写真の捏造になったらしいのです。つまり月に降りたのは事実だったが、撮影はインチキだったらしい。月面と同じ風景のスタジオを地上に作っていたというのです。で、月面中継でUFOや何か変なものが画面に人った途端にパッと地上のスタジオに切り替えて、約2時間遅れて画像を世界中に放映したということです。だから、当時のアマチュアのハムのちょっと気の利いた人は、直接月からの電波を受信できていたのですよ。「ああ、何か出てきた!」と宇宙飛行士が騒いでいるのが全部入ってますよね。だから、そのたぴごとにパッと地上の月面そっくりのスタジオに画面を切り替えて。
 ただ、アポロ11号がちゃんと月面に降りている決定的な証拠が一つある。それはレーザーリフレクター(反射板)を置いてきたんです、11号は。いろんな国の科学者がそれにレーザーを当てて反射させて、月の距離を測る実験に使っていたことから、それは確かなことです。
 その後どうして月に行かなくなってしまったかというのは、行けば行くほど、一般の大衆が知ったら困ることが明らかになってくるわけで。行けば行くほどやぶ蛇だと。だが実際は、情報によるとアポロ20号まで行っている。17号までしか表面的には行ってないですが、うわさによると秘密裏に20号まで行ってますね。降りて撮ってきた、向こうの建物のビデオなどがあるんですよ。私、サイトで見つけまして。あ、これはいつでも取れると思ったら、消されちゃった。でも写真が1枚だけ残りましたけどね。もう実に見事な建物ですよね。バルセロナの聖家族教会、ガウディの造った建物に似ています。20号にはロシアのアレクセイ・レオノフと、アメリカの2人の科学者が乗っていたといわれています。
 私、レオノフに会ったことがあるんです。レオノフというのは1965年3月、世界で初めて宇宙遊泳を成功させた宇宙飛行士ですね。1999年8月3日に都内で「ロシア宇宙技術講演会」がありました。そのときに、レオノフ氏の講演を聴いた後に私、彼に問い詰めたんですよ。「あなたらは月で何か見つけたんだろう。映画『猿の惑星』の最後のシーン(自由の女神が倒れているのを見つけるシーン)みたいなのを見つけたんだろう」と。そしたら彼は黙ってしまって、答えに窮しました。懇親会のときに、私は悪いこと言い過ぎたと思って、「あなたが宇宙遊泳をやったときに私は中学生だった。そのとき、たまたま私はおばあさんの家にいて、おばあさんが宇宙遊泳って何だと聞いてきたから、丁寧に説明してやった。宇宙遊泳しているあなたの写真が新聞に載っていた。そしたら、うちのばあちゃんは理解できたぞ」と言ったら、レオノフはポロポロ涙を流して。非常に純情ですよ。そしたらレオノフが、後から分かったんですが、その20号で行って月の遺跡を見てるんですよね。だから私は図らずも、そのときにレオノフが体験したことをそのまま言っちゃったのかもしれません(笑)。だから彼の言葉がストップしたのかなあと思っているんです。
 月の裏側に基地があって、宇宙の人が、そこを拠点に地球に来ているらしい。だから、「かぐや」(※5)が月の裏側をまったく中継しないですね。1ヵ月綴ったら月の表面がくまなく分かるんです。JAXAの広報室へ行ったら2,3分ごとの途切れ途切れの映像を見せてくれますが、それ以上は見せないです。「どうして一周まるごと見せないの?」と言ったら、「いろいろ理由があるんでしょうね」と。とにかく今までで一番分解能も高いハイビジョンカメラを使って、月の表面から100キロ地点でグルグル回っているわけですからね。
 月の裏側に基地があり、宇宙人がそこを拠点に地球に来ているという話が本当なら、そういう情報を地球の人たちにオープンにするという考えはどうして浮かばないんでしょうか。宇宙人にもさまざまあって、地球人の中に人り込んで乗っ取ろうという目的を持った宇宙人もいるかもしれませんが、そればかりではないでしょう。われわれ地球人に手を差し伸べて、より良い方向に導く手伝いをしに来てくれている宇宙人もいるはずです。
 情報をオープンにしない理由は簡単です。地球で権力を持っている人の一部がその権カを手放したくないだけの話でしょうね。
「地球人全体の利益になるように情報をオープンにしよう」という強カな勢カが現れてきてもよさそうなものですが……。われわれの分からないような、別の計画があるのかもしれないですけどね。どういうふうにもっていくかという非常に大きな計画があって、ある段階に行くまでは控えているという可能性もありますね。

船井
 正直なところ、私にも本当のところはよく分かりません。ただ、井出さんから聞いたお話は、ほぼ間違いないだろうということだけは分かります。

井出
 世界でも日本でもそうだと思うんですけど、トップにいる人はみんな本当のことは知っているらしい。「かぐや」の件でも、1ヵ月経ったらくまなく月が見られるわけですから、去年の終わり頃には月のあらゆる表面の情報が日本のトップには入っているだろうと類推できます。国会でもUFO論議が起きたでしょ。防衛大臣と町村さんがいろいろコメントを言いました。町村さんは「絶対UFOはいますよ」と、個人的にはっきりおっしゃいました。防衛大臣も、UFOが来たら、どういう体制にするかという計画を具体的に細かく話していました。あっ、これは「かぐや」の情報がトップに入ったなというのを、それで感じたのです。
 ものすごく聡明で、しかも人類全部のことを思ってくれる存在たちが、支配するという目的ではなくて、地球人一人一人の本当の利益になるように動いてくれることを祈ります。そうなれば最高ですね。
 1950年代に来た宇宙人は、みんなそういうふうに書いているようです。「地球のために、われわれのこういうふうな技術を使え」と。それから後、彼らの存在がパッと隠蔽されたようですね。彼らは姿形がわれわれと変わらないらしい。私の知り合いで月まで行って、向こうの基地まで入ったという人がいるんですが、彼の話だと、日本人とまったく変わらない人が出てきて、大和言葉の古語でしゃべったと聞かされました。月にはドームがあって、そのドームの中で農業なども行われていると言っていました。NASAの写真にはドームがいっぱい写っているそうです。「かぐや」がそれをキャッチして、それを放送したら、とんでもないことになる(笑)。私たちにも意識の準備が必要ですよね。放送したら、あらゆる分野に対して、ものすごい影響があるでしょうから。
 より大きな視点で私たちが幸せになれるのであれば、新しい、もっとすばらしい、一人一人が幸せになる世界の到来のために、今持っているものを失うことを恐れずに貢献してほしいですよねえ。そういう、より高い意識を喚起するにはどうしたらいいんでしょうかね。それは船井先生から(笑)。 以下略
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by 892sun | 2008-08-30 16:14 | Trackback

マシュー君からのメセージ、その8

マシュー君からのメッセージが更新されています。是非お読みください。

(1)マシュー:みなさんこんにちは、でもしばらくお別れです。母とボブそれに犬たちが引っ越しなんです。それで旅行やその準備と引っ越しそれに増えた使命のひとつである本の共同作業などで、母がしばらくまったく時間がとれません。どうかみなさん、母のインボックスがもういっぱいなのでメールを送らないでください。過去何ヶ月もメールでの返事がほとんど書けない状態です。 3月まで戻った分のひとたちからまず彼女からの返事がもらえるでしょう。

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「玄のリモ農園ダイアリー」
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by 892sun | 2008-08-29 18:43 | Trackback

図星です。

8月20日、「もうひとつのイスラエル」でも書いたが、独立運動のあった南オセチアにグルジア軍が攻め込んだ事件を、西側のマスコミは一方的にロシアを悪者にしたような論調で書き立てている。ロシアを擁護するつもりはないが、冷戦が始まり各地で紛争が起きることを願っているのは、明らかにアメリカ政界の裏で蠢く、古い体質、チェンジを望まない連中である。民主党大会でヒラリーはいかにもオバマに協力する姿勢をみせたが、副大統領への望みがなくなった時点で、裏ではブッシュと組んで、なんとしてもオバマ阻止に動くのであろう。目が離せない。


「グルジア紛争は米国が画策」とプーチン氏 米は全面否定 ロシア南部ソチ(CNN) 

ロシアのプーチン首相は28日、グルジア・南オセチア州をめぐる武力衝突について、「米国が大統領選候補者の一方を有利にするために画策した」と述べた。当地でのCNN独占インタビューで語った。米側は「明らかなうそだ」(ペリノ大統領報道官)と、強く否定している。

プーチン氏はインタビューで、「米国がグルジアをあおって、南オセチア州を攻撃させた」と主張。ロシア国防当局者らの話として、「米大統領選候補者の利益が目的だったと聞いている」と述べた。プーチン氏はまた、「紛争地域に米国民がいて、上部からの命令に従って動いていたのは事実だ」と語ったが、具体的な証拠は示さなかった。

「欧米はロシアの責任を追及しているが」との問いには、同州に展開するロシアの平和維持部隊がグルジアからの攻撃を受けたため、「惨事を避けるためにはほかに選択肢がなかった」と反論した。さらに、米国が紛争の初期にグルジアからの攻撃を制止しなかったことに「失望した」とも述べた。

これに対し、ペリノ報道官は「不合理な説としか思えない」と反発。米国務省のウッド副報道官代行も、「紛争の責任はロシアにある。責任逃れはこっけいだ」と、不快感をあらわにした。
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by 892sun | 2008-08-29 11:40 | Trackback

悔しいですが・・・

困っている人たちの手助けをしたい、力になりたい、それも国内ではなくてわざわざアフガニスタンという国を選んで、魂の衝動に突き動かされるまま、思いを実行せざるを得なかったのは、過去生からの、霊的な深い意味があるのでしょう。志は半ばで潰えたように見えますが、伊藤さんは、それでも満足していると思います。現象面だけからみていたのでは、真実は分からない。

<アフガン拉致>「大地に緑を」志半ば 伊藤さん遺体確認(毎日新聞 - 08月28日 00:51)

 アフガニスタンで拉致された非政府組織「ペシャワール会」の伊藤和也さん(31)は、捜索が再開された27日午前、遺体となって現地の渓谷で見つかった。5年にわたり、乾いたアフガンの大地に水と緑を与えてきた若者の善意に対するあまりにも非情な仕打ち。無事救出を祈ってきた仲間は深い悲しみに包まれたが、意義深い事業から今後も撤退する意思のないことも強調した。【朴鐘珠】

 27日午後2時過ぎ。「伊藤君をよく知る現地の村人が身元を確認しました」。ペシャワール会の本部が入る福岡市中央区のマンションで、そう切り出した事務局長の福元満治さん(60)は両手を握りしめ、怒りで顔がこわばっていた。

 会見は約1時間に及び、現地のスタッフから、現地代表の中村哲医師(61)を通じてもたらされた情報が明らかにされた。福元さんは「最悪のことが、起こってほしくないことが、やっぱり起こった」と語り、中村医師が静岡県掛川市の伊藤さんの実家に「遺体発見」を知らせたことも告げた。

 事件が報じられた26日午後から繰り返された記者会見。それまで冷静さを失うことのなかった福元さんの声が一段と大きくなったのは、政情不安が高まるアフガンで、活動を続ける是非を問われた時だった。「ここで挫折しては絶対にだめだ。非難の声は甘んじて受けますが、これでやめると日本人はだめになる」。ほおには悔し涙がこぼれていた。

 伊藤さんの訃報(ふほう)を伝えてきた中村医師は電話口で「良くない方の推測になった」とつぶやいたという。誤報であってほしい願う半面、遺体を確認したのが現地の村人だったと聞き、希望は絶たれた。5年間、共に畑で汗を流した伊藤さんの顔を、村人が間違えるはずはない。その後、ペシャワール会のスタッフも身元確認をしたという情報も入り、望みは打ち砕かれた。

 現地スタッフは、拉致された伊藤さんを捜索するため、1000人もの村人が総出で山を登ったことを伝えてきた。その話を紹介した福元さんは「伊藤君、つらかったなと。でも君はやったなと、そう言ってやりたい」と語り、一瞬救われた表情を見せた。
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by 892sun | 2008-08-28 12:45 | Trackback

農民、漁民よ、怒りをもって立ち上がれ。

経済アナリストの藤原直哉という方がいます。毎週、インターネットラジオで記事を配信していますので、聞いていますが、なかなか勉強になります。特に私のように、海外の英語の記事が読めない者にとっては貴重な情報源となっています。今週の農林中金が6兆円ものお金で紙くずを買う話には大馬鹿専務理事のスタンドプレイであろうと思われ、(本気だったら大変ですよ、そうなら売国奴ですから、即刻罷免しなくちゃね)大笑いですが、農民、漁民の人たちは、この記事についてもっと怒っていいと思う。あなた方のお金ですよ。知らないと思って馬鹿にされているのだと思う。郵政民営化のときには、これと同じやり方で日本人はほとんどの人がコネズミに騙されたのです。

まずは聞いていただきましょう。
藤原直哉のインターネットラジオ
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by 892sun | 2008-08-27 08:56 | Trackback

呆け防止にはカレーがいいそうよ。

インド人にはアルツハイマーが少ないという疫学データがあり、それはカレーのおかげという説があるのだそうですよ。ターメリック(うこん)に含まれるクルクミンという化合物には脳を酸化から保護する効果やアルツハイマー病の原因物質とみられる「アミロイド・ベータ・蛋白」の蓄積を防ぐ効果があると、本日の東京新聞に書かれている。

さっき病院の待合室で、ついてるテレビをなんとなく見ていたら、カレーの成分と漢方の胃腸薬の成分は似ているそうなので、カレーに胃薬をふりかけるとコクが出るそうです。また衣類にカレーをかけてしまって、黄色い滲みができたら、洗ったあとで、直射日光にあてると消えるそうです。カレーはなかなかの優れものですね、これからはもっとカレー食べなくちゃね。


それにしても福田さんは今更、カレー食べてもダメだとは思うけどね。辞めることも忘れちゃってるんじゃない?

<福田首相>うっかり連発  (毎日新聞 - 08月25日 21:41)

 福田康夫首相が25日、オーストラリアのエバンズ元外相と首相官邸で会談した際、「13年前にお会いして以来ですね」と語りかけ、「(1月にスイスの)ダボスでお会いしましたよ」と苦笑される場面があった。首相は同席した川口順子元外相のことも「川口外相」と誤って紹介した。

 同日夕には記者団から北京五輪の感想を聞かれ「アーチェリーのような今まで考えていなかったものも銀メダルを取った」とうっかり発言。秘書官が事後に「フェンシング」と訂正した。

 なかなか決まらない臨時国会の会期や、総合経済対策を巡る与党の「大型補正」圧力--。悩み多き昨今だけに注意力はやや散漫になっているようだ。【木下訓明】
by 892sun | 2008-08-26 17:39 | Trackback

友在り 遠方より来る 亦楽しからずや。

すっかり涼しくなりましたね。うっかりすると風邪を引きそうです。このまま秋になるのかな。
N・Kさんが私の庵を訪ねてきてくれました。彼は私よりは少し若いのですが、心霊研究ではずっと先輩で、日本心霊科学協会では水曜日に神審者をしていたこともある能力者です。このブログも読んでくれていて、私が股関節が痛いとか、肩が痛いとか書くのを読んでいて、訪ねてきてくれたのです。

彼が最初に言ったのは、この世では肉体が主なのだから、幽体とか霊体とかの前に、まず肉体を大切にせねば、ということで玄米食とストレッチの勧めでした。家で食べている無農薬玄米を持ってきてくれて、一緒に食べようということらしかったのですが、我が家には圧力釜がない。買いに行こうとも言われたのですが、外は雨。仕方がないので、ストレッチの手ほどきを受けました。が、全然痛くて出来ません。無理にはやらないほうがいいということで、これはこれも後日、真向法というストレッチの本を手に入れて始めることにしました。

話題が次々を湧いてきて、時間の経つのを感じないほどでした。しかし、最後はまた、この世にいることを大切にするべきで、この世的な色恋も金銭も無碍に拒むなかれ、ということでした。心境が高まれば、必要なものは自動的に引き寄せられます。お金も拒むのではなく、入ってきたら、いかに使うかにかかっている。お金を活かすこと。女性もまた拒むことなく、喜ばせてあげることが功徳であるといいます。うーん、分かるけど、虜になって道に迷った先人の多いことを思うと、なかなか難しそう。努力します。

先ほど、エディオンで圧力釜買って来ました。おいしい玄米があれば、おかずは要らないといいます。粗食にしてストレッチね。体に良さそうです。しばらく続けてみるつもりです。
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by 892sun | 2008-08-25 15:58 | Trackback

公明党の言うがまま

福田政権が公明党のいいなりになっている。政権維持のためなら、公明党の思惑を全て受け入れる。小さな政党に、まるで乗っ取られたかのような体たらくだ。いつまで、こんな状態が続くのだろうか?自民党にはプライドがないのか?プライドを捨てても政権にしがみ付いていたいのか?情けないとしか言い様のない首相である。天木直人氏のブログが正鵠を得ていて面白いので、転載する。

転載開始***日本の政治の将来に直結する創価学会問題

  内閣改造問題も、臨時国会召集時期の問題も、新テロ給油法延長問題も、解散・総選挙の時期さえも、何もかも福田自民党は創価学会・公明党に握られている。

  この事は連日の新聞報道で繰り返し語られつつある。

  しかし、その事をここまではっきりと書いたメディアを私は知らない。

 今日(21日)発売の週刊フライデー(9月5日号)(講談社)の、「崩壊寸前、自公連立与党の民主潰しの裏工作」を読んで、私はそう思った。

  もし1000万人の購読者を誇る朝日、読売新聞がここまでストレートに書いたらどうなるだろうと思って私はこの記事を読んだ。

 その内容をここで引用する事は、さすがに私にはできない。週刊フライデーの売り上げの営業妨害になるからだ。

 創価学会、公明党に弾圧される事をおそれるからだ。

 しかし一人の国民として次の点だけは指摘しておきたい。

  ひとつには、前公明党参院議員の福本潤一氏が、「(国会)招致が実現すれば、私は政治とカネの問題、矢野氏は(学会による)人権侵害の問題を証言することになります」と述べている点である。その発言に福本、矢野の覚悟を見る。

  もうひとつは、池田大作名誉会長の国会証人喚問が実現すれば創価学会という組織は瓦解するおそれがある、という指摘である。創価学会は今最大の危機にある。

  そして最後に、何があってもそれを阻止するために、国民新党綿貫代表との選挙協力や、民主党の政権奪取への協力を通じ、喚問つぶしの裏工作が画策されているという指摘である。

  圧巻はこの記事の締めくくりの、次の言葉だ

 「・・・それにしても約720ある衆参の議席のうち、たった50議席ほどしか保持していない小政党の意向が、国政全体の行方をカンタンに左右してしまう現状は、異常ではないのか。自党の都合で政治を歪ませ、しかもここ数年、国民に負担増を強いるだけでロクな政策を実行しない自民・公明両党の責任は、重大だと言わざるを得ない。」

  イラク戦争に反対して外務省を追われた私には、米国の砲火の犠牲になって死んでいった何十万人ものイラク人の悲しみと恨みを背にして、そのイラク戦争を支持した権力者たちと戦う覚悟を決めた。

  ブッシュのイラク攻撃を正しいと世界に公言した小泉政権を支えたのが公明党である。

  その限りで私は公明党を許すことはできない。

  しかしこのフライデーの記事は、イラク戦争を超えたものがある。

  日本の政治、日本国民全体の生活と公明党の問題である。

  それをあらためて認識させてくれたフライデーの記事である。***転載終わり
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by 892sun | 2008-08-23 15:46 | Trackback

鬼神が降りた

b0034892_975595.jpg私があまりオリンピックに興味を示さないのは、身体能力の高い者たちが、その能力を競うことには、意味を感じないからである。今回の大会も、日本選手にはあまりサプライズはなく、連覇で金メダルというのが多い。しかし、テレビをつければ、放映しているから、なんとなく見てしまうというのが実情。

昨夜もまた、女子ソフトボールを同じように見ていたが、これは感動しましたね。明らかに実力も身体能力も格上の相手に対して、気力で立ち向かって奇跡を起こした。エースの上野は三連投だが、気力に溢れ、その顔つきを見ていて、鬼神が乗移ったのかと思ったぐらい凄かった。

身体能力が強いものが、勝つのは当たり前のことで、そこを技術や気力でカバーして、能力の劣るものが強いものを倒すから感動が生まれる。
チームプレーが必要な場合は、全員の気力が相手を上回らないと、そうはならない。日本チームは上野選手を軸にして、実力を気力が上回ったのだ。そうした時、鬼神が降りてくる。

耐えて有終V 『ソフトはずっと続く』 選手一丸、復活へ奮起 2008年8月22日 07時06分

 「五輪でソフトはなくなるけど、ソフトはずっと続く」-。無敵の米国をねじ伏せ、悲願の五輪初金メダルを獲得したソフトボール日本代表。二日間で三試合、計四百十三球を投げ抜いたエース上野由岐子投手(26)らナインの闘志は、同競技最後の五輪で強烈な残像を日本中のファンの心に焼き付けた。 (北京・鬼木洋一)

 米国の最後の打者を三ゴロに打ち取ると、マウンド上で上野投手と峰幸代選手(20)のバッテリーが抱き合った。叫び声を上げながら選手全員が集まる。どの顔も、歓喜でくしゃくしゃ。一塁近くで、斎藤春香監督の胴上げが始まった。

 「ばんざい、ばんざい、ばんざい」-。

 選手としてアトランタ大会から三回五輪に出場した同監督は「自分は銀が最高だったけど、この子たちには金を取らせたかった」と声を詰まらせた。

 「四年間この日のためにやってきた」。どんなピンチでも表情を変えない上野投手が涙でほおをぬらした。

 二日間で二十八回を投げきった日本代表の大黒柱。ただ、この日は「上野頼りの日本」という評価を覆す打線の頑張りもあった。

 米国が満を持して送り出したエース、オスターマン投手の高めの球を次々に弾き返す。凡打を繰り返し、上野投手をもり立てられなかった前日の米国、オーストラリア戦とは、まるで違った。

 「(チームの全員が)きっちりとできることをやる」。「打倒米国」を語る時、斎藤監督が必ず口にしていた言葉。その通りのプレーを、五輪最後の試合で実践できた。

 次回のロンドン大会では、ソフトボールは実施競技から外れる。米国ばかりが金メダルを獲得することが一因になったとされる。米国を打倒することがソフトの五輪復活の種火となる。そんな一縷(いちる)の望みがナインの奮起を促した。

 主将の山田恵里選手(24)は言った。「五輪からはなくなるけど、ソフトはずっと続く。この金メダルが新しい第一歩になる」

 上野投手も「二〇一六年(開催の五輪)での復活に期待して、次につなぐつもりで戦った」と強調し、斎藤監督は「(ロンドン大会からの除外は)区切りではあっても、終わりではない」。

 未来の選手のためにソフトボールの魅力を伝えたい-。頂点を勝ち取った勇姿には、そんな共通のメッセージが込められていた。

■『夢もらった ありがとう』 上野投手の両親涙

 ソフトボール決勝で日本が勝利を収めた瞬間、スタンドで日本人チームの応援団は総立ちになり、割れるような歓声が北京の夜空にこだました。

 四回表、山田恵里選手が本塁打を放つと、母文子さん(54)は「もう最高!」と大喜びした。

 そして悲願の金メダル。上野由岐子投手の父正通さん(54)は、隣の母京都(みやこ)さん(52)と抱き合い喜び合った後、しばらくは涙で言葉が出なかった。「気力で投げたと思う。これだけの雰囲気の中で、やってくれたのが一番うれしい。抱き締めてあげたい」と正通さん。

 京都さんは日本を出発する前、上野投手に「あなたは金メダルに向かっていくけど、わたしたちにはあなたの存在が金メダル」と書いた手紙を渡したという。「本当に金メダルを取ったんですね。子どもに夢を与えてもらった。ありがとうと言いたいです」と笑顔で話した。 (北京・高橋治子)

■恩師の目にも涙 宇津木元監督

 テレビ解説者としてスタンドで観戦したソフト日本代表元監督の宇津木妙子さんは、日本が頂点に達したのを見届けると、「上野に尽きるね。良かったね、四年間のね…」と言葉を詰まらせた。

 宇津木さんがルネサス高崎の監督をしていた時、「厳しい練習がしたければうちにきなさい」とスカウトしたのが上野投手だ。

 試合後、上野投手がスタンドの宇津木さんを見つけると、金メダルを高く掲げながら「かんとくー、かんとくー」と跳びはねる。上野投手にとって、宇津木さんは今も「監督」だ。その笑顔を見て、宇津木さんはもう声が出ず、ただ泣くばかりで球場を後にした。 (北京・平岩勇司)

(東京新聞)
by 892sun | 2008-08-22 09:06 | Trackback



この世の仕組み、本当の生き方はもう分かりましたか?地球は次元が変わります。準備は整っていますか?心霊研究家のつぶやきに耳を傾けてください。
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