ひとりごと、ぶつぶつ

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冬眠宣言

本日より、冬休みということでブログの更新を暫らくお休みします。頑張って書いても、どうせ皆さん、スキーとか旅行とか、どこかへお出かけでしょ。私も何処か暖かい南の島へでも行きたいところですが、ヒマはあってもゼニがない悲しさ、無料で行ける夢の国を旅してきます。

ずっと、ノンストップで書き続けてきました。まだ言いたいことはたくさんありますが、この国はチョットも変わらないねえ。2005年からですからもう、7年にもなります。その前は自殺が年間3万人、これが10年以上続いてることでHPを立ち上げたので、それからだと10年以上になる。高度経済成長とかで一時期景気が良くなったことがあるが、あれを境にお金が命より大切だと思い込んじゃった。経済成長しないと幸福になれないと思い込んじゃった。

あれから仕事はキツクなるばかり、給料は減らされるは、リストラされるは、増えるのは自殺者の数ばかり。儲かるのは銀行屋と資本家。このカラクリを書くと陰謀論だとか言われた。本当のお金の発行の仕組みも知らないで、日本銀行券と書いた紙切れを命より大事にしてるから騙されていることに気がつかない馬鹿な日本人。

原発が4個も事故を起こして、今も放射能が飛び散っているのに、終息宣言して東電任せで何もしない殺人政府を信じて、未だに福島へ戻れると思ってる人たち。汚染された瓦礫を全国に広げて日本中に汚染を広げてお金儲けするクズども。国民がこんな苦しい目にあいながら、まだ原発を動かすつもりの政府。

おまけに税金まで上げる法律をマニュフェスト違反してまで通した野唾豚首相がトップで再選されちゃった。千葉4区の住民は頭が狂ってるよ。それとも不正選挙?不正選挙だったら何故文句を言わないのか。黙っているのなら千葉4区の住民は正常な判断力のないキチガイと認定してやるよ。落選者よ、異議を申し立て、選挙をやり直せ。

書き出せばキリがない。自衛隊をどうしても戦争に参加させたいアメリカの要求で憲法も改正したいなど、これもキチガイ沙汰だが、景気対策してくれそうだというので、日米安保を成立させた売国奴、A級戦犯だったのに死刑を免れた岸信介の孫が組閣に張り切っている。自衛軍という軍隊を作るそうだ。これでまた昔のように殺し合いに参加できるぜ、おめでとう。

いつまで眠っているのか、いいかげん、目を覚ませよ、日本人。電通支配の阿呆馬鹿番組を視て笑ってる場合じゃないぞ。意識を変えるだけでいいんだよ。意識が変われば、今まで見えなかったものまで見えてくる。そうすれば今いる世界が変わるんだよ。それがアセンションだよ。

新しい年を迎えて、冬眠から目醒めたら、また書き出します。年末年始は過去ログを読んでいただくことをお勧めします。それまでひとまずオヤスミなさい。

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by 892sun | 2012-12-25 10:04 | Trackback

メリー・クリスマス 或る愛のカタチ

修理していたトラクターがぐらっとゆれた瞬間、支えていたジャッキが跳ねて飛び、私はその下敷きになっていた。重い車体に胸をつぶされ、口からは血が噴出している自分がそこにいた。何故か痛みは感じなかった。自分で自分の無残な姿を呆然と見ていた。

私はそのあと竜巻のようなものに吸い込まれるようにしてトンネルのようなところを上昇していった。凄まじい轟音のようなものが聞こえた後、明るい光の差し込む出口が見えた。トンネルの外は眩いばかりの光に満ちあふれ、色とりどりの花が咲き乱れている花園だった。

花園の道をたどっていくと川が流れていた。川は澄み切って底の石までもがキラキラ光っていた。私は作業着の裾をまくって川に入り足をひたした。その時、
「その川を渡ってはならぬ。」という声が聞えた。

振り向くと、いつの間に現れたのか白髪の老人が立っていた。
「川から上がってこちらへおいで。お前に言っておきたいことがある。」
私は頷くと老人のほうに歩いて傍らに腰をおろした。
「お前の今生での使命は無条件の愛を学ぶことにある。お前とお前の妻は前世では敵味方に別れていた。お前の弟もまた敵であった。お前は彼らを捕らえ辱め、そして殺した。このたびの事は偶然起きた事故ではない。だから彼らを憎んではならん。許すのだ。許してやれ。そうして心から彼らを愛するのだ。それが成就出来たとき、お前の人生は完結する。」

その言葉を聞き終えた瞬間、老人と花園も消えて、私はどこかの病院の手術室にいた。

私は、私をあわただしく治療する医者と看護婦たちを天井付近から眺めていた。私を蘇生させるために医師たちの必死の努力が続いているのを、何の感情もなく見下ろしているのだ。すでに心臓は停止し脳波のカーブだけが弱弱しくオシロスコープの画面上で、まだ生命の糸が切れていないことを示していた。

手術室の外の長椅子には妻と弟がいた。二人は私のことを心配し悲しみに沈んでいる家族のように見えた。弟が何やら小声で妻に囁いていた。
「義姉さん、兄さんは絶対助からないよ。脈がないのを確かめてから救急車を呼んだんだ。大丈夫さ。あれは事故にしか見えないさ。これで義姉さんもやっと兄さんから開放されるね。同情することなんてないよ。自業自得さ。今までさんざん二人を使用人みたいにこき使ってきたんだから。」

私はそれを聞いて愕然とした。あれは私の不注意から起きた事故ではなかったのだ。ほとんど感情のないままだったのが、それを聞いて猛烈な怒りが込み上げてきた。私は拳をあげて弟に殴りかかったが、空を切るばかりだった。二人は私にはまったく反応せず、まるで恋人同士のように肩を寄せ合っていた。老人の言った言葉が頭の中を駈け巡っていた。

集中治療室で歓声が上がったのとほとんど同時に、私は激痛を感じた。痛みは体中を走り回り、その痛みに耐えられず再び気を失った。しかし肉体から離れることは出来ず、心臓は鼓動を続け、私は生き返ったのだった。

病院での生活は長いようであり、過ぎてみればあっという間だったような気もする。自分という人間についてこれまで振りかえってみたこともない私には良い時間だったのかもしれない。あの老人の言った言葉が頭から離れなかった。

妻と私は、出会った瞬間惹かれあうものを感じすぐに結婚した。私は意識より先に行動するような男だったのに対し、妻は何をさせても愚鈍な女だった。私はいつも彼女を叱りつけ、彼女はいつもメソメソして弟に愚痴をこぼしているようだった。弟はいつまでたっても自立できぬ優しさあけが取り柄のような男だった。早く親をなくした私たち兄弟だったから、いつも私が面倒を見なければと親代わりを務めてきた自負もある。私はいつも自分が正しいと信じて生きてきた。どこで、何を間違えてしまったのだろうか。何故こんなになってしまったのか。

私の退院を喜んでくれる者などいないことは分かっていた。私は家に戻ると二人を呼んで、家と農場の権利書を渡し、これからの経営と世話をしてくれるように頼んだ。そしてこれまでの傲慢な態度と非礼の数々を詫びた。私の突然の変心に二人は驚いたようだったが、あの老人から聞いたことは言わなかったが、許しを乞うのは私の方だと言った。そして、そのまま家を後にした。

私は家族というかけがいのないものと、生きがいだった農場の大きな二つのものを失った。それらを手放すことで、形だけでも彼らを許すことにした。しかし心から愛することなど今はとても出来ない。私が愛さなければ彼らに愛されるはずもない。もう一度人生をやり直すことは出来るのだろうか。どれほどの時間が必要なのだろうか。今は分からないが、愛を学ぶための新しい人生が始まろうとしていることは確かだ。終  癒しのための短いお話たちより

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by 892sun | 2012-12-24 09:28 | Trackback

お兄ちゃんからのメッセージ

今日は朝からずっと雨だった。おやつが終わったら、あゆみと児童館で宿題を一緒にやる約束をしていたのだったが、出かけるのがなんとなく億劫になって、ランドセルを脱ぎ捨てるように肩から下ろすとそのまま詩織はベッドへ体を投げ出した。頭をごろりと横に回すとお兄ちゃんのアキラ君の勉強机が視線に入る。

けれどそこにアキラ君の姿はない。まだ帰ってないのではない、もうずっと帰っては来ないのだった。あれからもう1年近くもなる。アキラ君は去年の秋、交通事故に遭って死んだ。確かやはりこんな雨の日のことだった。塾の帰り道、視界が悪いのにスピードを出しすぎた車に跳ねられた。即死だった。生きていれば今は中学生になっているはずだ。

二人で使っていた子供部屋の半分、アキラ君のところは、あの時と同じままにされている。違っているのは、本人の代わりに黒い縁取りの写真が飾られていることだ。詩織は大きなため息をつくとベッドから起き上がりお兄ちゃんの机に座ってみた。そして飾られた写真のお兄ちゃんを見つめる。笑ってはいるがどこか淋しそうな感じもする。お兄ちゃんとの楽しかった思い出が頭の中を駆け巡り、詩織だけでなくあの日からずっと家族みんなから笑顔が消えていることを思うと、いつものように涙が頬を伝って落ちる。

涙も拭かず腕の中へ顔を埋めるようにして臥せているうちに、疲れが出たのだろうか、詩織はいつの間にかうとうととしてしまった。右腕の筋が吊ったような感覚を覚えて目を開けてみると、自分の意志とは関係なく腕と指が勝手に動くのを不思議な感覚で見ていた。詩織の腕はスケッチブックを広げ、指は鉛筆を掴むと、まったく別の意志でも持つように何かを書き始めたではないか。

描き終わると肩から指の先まで、力が抜けたようにぐったりするから終わったことが分かる。しかし、何を描こうとしたのかは分からなかった。まるで赤ちゃんか、チンパンジーが描いた絵のようでもあり、シンボルマークを重ねたような文字のようでもあった。詩織にとってはっきり分かっていることは、これはお兄ちゃんが描いてきているという実感だった。その日から詩織は学校から帰るとすぐに自室に閉じこもり、お兄ちゃんからの連絡を待つようになった。

真新しかったスケッチブックが訳の分からない記号でいっぱいになろうとした頃、やっとなんとか文字らしいものが並んで意味の分かる文章が出来あがった。

「しおり ぼくは あきらだよ げんきだよ しんだのは からだだけ ぼくは いきている いつも いっしょだよ さびしくないよ
おとうさん おかあさん うんでくれて そだててくれてありがとう かなしまないで またあえるからね  ぼくは かなしくありません いまは とても とても しあわせです
しおり たんじょうび おめでとう もうすぐちゅうがくだね ぼくのつくえのなかのもの ほしいものはみんなあげる
ぼくのぶんも いきて たのしんでね では さようなら」


意味の分かる文章になったメッセージはそれが最初で最後だった。詩織がアキラの机に座っても、それからはアキラは2度とメッセージは送ってこなかった。しかし再び詩織の家族に笑顔が戻ったのは言うまでもない。おわり。癒しのための短いお話たちより

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by 892sun | 2012-12-23 10:46 | Trackback

ヨイトマケの唄

紅白歌合戦が大晦日の国民的行事だなどと未だにNHKはほざいている。テレビが普及し出した頃は家族全員テレビの前に集まって紅白歌合戦を楽しみにしていた、確かにそんな時代もあったが、楽しみも多様化しててテレビ番組を視ているのは年寄りばかりなりという時代である。私ももう何年も紅白なんて視ていない。名前も聞いたこともない知らない歌手が多くなったせいもあるが、今年の紅白には美輪明宏が初めて出演し「ヨイトマケの唄」を歌うそうで、久し振りに視てみたいと思っています。

彼は私よりいくつか年上ですから、もう70ウン歳のはずですが、芸人は年齢を感じさせない。彼を初めて見たのは、まだ名前を丸山明宏と名乗って、アイ・ジョージの前座歌手をしていた。男性ですが、中性的な雰囲気があってシスターボーイとも呼ばれていました。今や芸能界にはオカマタレントが増えましたが、その魁です。日本には歌舞伎という伝統芸能がありますから、男性が女性を演じることに抵抗なく受け入れられるのでしょう。そこで彼が歌ったのが「ヨイトマケの唄」でした。

シスターボーイと呼ばれていたぐらいですから、細い身体付きでしたが、声量が豊かで、同じくマイクなど使わなくても会場の後ろまで声が届くといわれたアイ・ジョージにも負けない声量に圧倒されました。この唄は家族のために男たちに混じって、泥まみれになって働くお母さんを唄っているのですが、まだこの頃は夫を戦争で亡くして未亡人になった人たちがたくさんいて、私のまわりにも、モンペを穿いて手拭を髪に結んで、肉体労働しているお母さんたちを見かけたものですから胸にぐっと来たのを覚えています。私の母もそうでしたが、みなさん働き者で、こういうお母さんたちが日本の戦後復興を支えてきたのです。

その後の彼は歌手というより個性派俳優として成長してきました。長い唄ですが今回はフルバージョン唄うそうです。ドラマティックに歌い上げてくれることを期待しています。

          「ヨイトマケの唄」

     父ちゃんのためなら エンヤコラ
     母ちゃんのためなら エンヤコラ
     もうひとつおまけに エンヤコラ

     今も聞こえる ヨイトマケの唄
     今も聞こえる あの子守唄
     工事現場のひるやすみ たばこふかして目をとじりゃ
     聞こえてくるよあの唄が 働く土方のあの唄が
     貧しい土方のあの唄が

     子供の頃に小学校で
     ヨイトマケの子供 きたない子供と
     いじめぬかれてはやされて くやし涙にくれながら
     泣いて帰った道すがら
     母ちゃんの働くとこを見た 母ちゃんの働くとこを見た

     姉さんかぶりで泥にまみれて
     日に灼けながら汗を流して
     男にまじって綱を引き 天にむかって声をあげて
     力の限りうたってた
     母ちゃんの働くとこを見た 母ちゃんの働くとこを見た 
     



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by 892sun | 2012-12-22 10:04 | Trackback

思い出を綴る・・・続・我は海の子

昨日、書いたように私は10人兄弟の末っ子として生まれました。同級生の多くも末っ子だったことを考えると、みんな産めよ増やせよの国策で生まれてきた子供が多かったのです。今のように数人しか子供を産まないのは、生活を質を考えてのことでしょうが、今より昔のほうがずっと貧しかったのに育てていけたのは、人と人との絆が確かなものであったからです。貧しい同志でも助け合っていけば、なんとかなるものです。その代わり教育は中学までで、それより上の高等教育を受ける人は限られていました。私の同級生でも大学まで進んだのは教師の子だけです。

母は十人生んだのですが、私の知っているのは兄が3人と姉が1人だけで、早世した者、病死、戦死などで4人だけです。母は尋常小学校を出て、すぐに大地主の家に女中奉公に出されたそうで、そこで何もかも学んだようです。家事一切、料理など、何でも出来ました。祝い事があるとご馳走を作ってくれました。ぼたもち、お饅頭、羊羹、お寿司(押し寿司、巻き寿司)煮物、焼き物、揚げ物、何でも出来ました。近所の若いお嫁さんにも教えていました。私が日本料理は習ったわけでもないのに、一応何でも出来るのは、母の腰巾着で、見ていつのまにか覚えてしまったからです。

父母は教育は受けていませんでしたが、親としてではなく、人間としてその生き方を思い出してみると、素晴しい人たちだったと尊敬の念が心から湧いてきます。充実した最後の人生を送ったので、もう再生してはこないでしょう。今頃は霊界生活を楽しんでいると思います。私もまもなく行きますので、再会が楽しみです。

子供の頃、家には犬や猫はもちろん、鶏、豚、山羊など飼っていました。自分で兎を飼ったこともあります。そういえば蜜蜂もいました。何度も刺されました。蜂蜜をこっそり舐めたおかげで、歯が虫歯だらけになって、抜いてしまったので、早く永久歯が生えてきましたが、左右の奥歯はそれも虫歯にして抜いてしまったので、私の歯は左右で1本ずつ足りませんが、若い頃のことだったので入れ歯は作らずにいたら、いつのまにか寄って来て不便を感じなくなりました。相変わらず海が私の遊び場でしたから、日焼けというより潮焼けでマックロ、当時流行ったビニール製の玩具にそっくりだったので、ダッコチャンとも呼ばれたことがあります。

こうして昔のことが懐かしく思い出されるのは、私もそろそろ次元移行の時が近くなっているせいかもしれません。地球と一緒におおぜいでアセンションするもよし、できなければ単独でも移行します。今日はとうとう21日ですが、どうなりますかね。いずれにしても楽しみなことです。

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by 892sun | 2012-12-21 09:48 | Trackback

思い出を綴る・・・我は海の子

今年の始め、長兄の嫁が兄を追うように亡くなった。兄は巡洋艦「青葉」に乗っていたが、身体を壊して入院している間に船は出撃して撃沈された。運命の分かれ道は不思議なものである。もう一人、生き残った戦友がいて、秋になるといつも立派な二十世紀梨を送ってくれていて、家族全員楽しみにしていたものである。鳥取の方であったからである。兄嫁は兄が復員すると、すぐ結婚したらしいが、復員しても兄の健康が勝れないために、すぐには子供が出来なかった。それで私を自分の子供のように可愛がってくれたのである。

私が生まれたのは1943年、昭和18年、戦争の真っ只中で、既に子供は9人いたのに、最後の一滴で頑張った(後年父がそういっていた)のは産めよ増やせよという国策があったからだった。まあ、オマケみたいなもので生まれてきたのが私である。オマケだから玩具一つ買って貰えるわけではなかったが、まわりの環境は素晴しかった。今も三河湾国定公園になっているが、そこが毎日の遊び場だったのである。

米軍は進駐後のことも考えて爆撃していたらしく、近隣の都市である、岡崎や豊橋は爆撃したが、我が故郷、蒲郡一帯には一発の砲撃もしなかった。そして戦後、この街に長いこと駐留した。遠浅の長い砂浜と小さな島は橋で繋がっている。江の島によく似ているが竹島と呼ばれていた。そこから少し離れた私の家の前の砂浜は鶴ケ浜といい、沖の小島は亀岩といった。岸から300メートルほどあり、島まで泳ぎきるのが小学生にとっての最初の試練だった。

そして遠くまで塩田が続いていた。塩田にはシオマネキという片方の爪だけが発達した面白い蟹が住み着いていて、いっせいに穴から出て運動するのだが、誰も号令をかけていないのに、全部の蟹の動きが同じタイミングなので塩田の色がいっせいにパタリパタリと変化する。まったく見事という他はない不思議な光景を覚えている。遠浅なのでアサリもよく採れた。解禁日ともなると観光客もアサリ採りにやってきて賑やかになった。

鶴ケ浜を見下ろす小高い丘に村の鎮守の神様が祀られていて、その中に芝居小屋があった。田舎歌舞伎が盛んだったのである。スケールは小さいが、本物の歌舞伎座を模した作りになっていて、廻り舞台や花道もあったし、本物と同じように升席に区切られていた。出演は日頃は農家のお百姓さんたちで、日焼けした顔だが、ドーラン塗って鬘をつけてメーキャップしてしまうと本物そっくりになる。衣装も演目によって、貸し衣装屋が運んできていた。

私は歌舞伎座へ行ったこともないし、歌舞伎のことはよく知らないが、演目を聞いただけであらすじを知っている。子供の頃から歌舞伎を見て育ったからである。私の父は女形(おやま)であった。普段は怖い親父が芝居になると、お歯黒を塗って女性に変身しコワイロ(女性の声)を出す。ちゃんと芸名もあった。父の本名は米蔵といったので、中村米寿。その芝居を母の作ったご馳走の入った重箱を抱えて見に行く。それが年中行事。なんとも不思議な空間であった。その田舎歌舞伎も後継者がいなくて、今はもうない。

その父が男の初孫が生まれた時、よほど嬉しかったのか、私には作ってくれなかったのに竹ヒゴを組んで紙をはった飛行機を作ったことがある。縦横一間ほどの大きさの複葉機で、エンジンはもちろんプロペラもないのだが、プロペラの部分に細工があって凧の原理で空に浮かび上がる。凧揚げをするように走って引っ張るとどんどん舞い上がって、空を飛んだ。

あの頃の青い空も青い海も、もう私の思い出に中にしか残っていない。大きな台風がやってきた後、対策だとかなんとかいって、自然は壊され、代わりに出来たのは競艇場だった。「世界は一つ、人類は皆兄弟」とかいって日本を食い物にするエセ国士、笹川良一が胴元のギャンブル施設で、柄の悪いお兄さんがうろつくようになった。続く

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by 892sun | 2012-12-20 08:55 | Trackback

ザ・サバイバル

最初から結果を決めて行われたヤラセのインチキ選挙という国家ぐるみの犯罪が行われたのに、ほとんどの人たちはそれにも気がつかず、何事もなかったかのように静かな日々を送っている。昔のような自民党政治に戻ったことを、むしろ喜んでいる人たちも多い。私がいくら世の中が大きく変わりますと吼えたところで、自分には関係ありませんと、ひたすら自分のことだけを考えて生きている。メディアを使った愚民化政策はいっそう激しくなりそうだが、この問題は本人の気付きがなければ始まらないし、解決できないことなので、同じ日本に住んでいても違った世界を見ていることになり、タイムラインがはっきりと二つに別れていくようになるだろう。

見えている者には未来は明るく希望に満ちたものだが、未来に関心さえない、その場限りの現象だけに現を抜かしている者にとっては、これまでと同じような世界が、これからも延々と展開していく。相変わらず過酷な条件で必死になって働いても報われることがない。諦めと絶望だけの人生を終える。大きな災害に見舞われたり、事件に巻き込まれたりして、自分に火の粉が降りかかってきた時、それが意識転換の大きなチャンスでもあるのだが、それさえも見逃してしまう人が多い。すべてを他人のせいにしてしまうからである。

今まで信じてきた世界はどこかが可笑しい、間違っているのではないか、本当はどうなっているのだろうかと疑問が自分の中で沸々と湧き上がってくるまでは、他人がいくらアドバイスをしても聞く耳を持たないのだから、このようなタイプの人は私のブログを読んでも無駄である。既に着々と地球の次元は高まってきているし、早い人はアセンションしている。誰も私はアセンションしましたなんて、宣言をしないから分からないだけである。アセンションやチャネルングなんて全部CIAの謀言であるなどと言っている人には、そのような世界が展開するだけだろうから、これからもずっと、何も変わらないじゃないかと言い続けることだろう。

しかし、これまでと変わらない世界を想像しただけでゾッとする。本来は100ベクレルといえば危険物として隔離されてきたレベルなのに、今の日本では食品の安全基準値と決められた。これから続々と内部被爆の患者が現れるだろうし、終息していない原発からは偏西風に乗って放射能が世界中に拡散されていく。いずれ福島どころか関東圏にも誰も住めなくなり、それでも原発を止めない日本は世界中から批難の声が嵐のように上がるだろう。若者は徴兵され戦場に送り出される。恐怖のエネルギーを得て、ダークサイドはますます元気溌剌、戦争景気に湧いていることだろう。

その頃、アセンションを選択した魂は生まれ変わった地球の上で、何一つ不便もなく、思い通りになる生活を楽しんでいることになる。人生は選択の連続だ。どちらのタイムラインを選ぶのかは自分の意志で決める。これまでもそうであったし、これからもそうである。

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by 892sun | 2012-12-19 12:13 | Trackback

開票作業に透明性を求めます

世の中はいろいろな意見や違った考え方を持った人々の集合体ですから、国という集まりの方向性を決めるためには多数決がよかろうということで選挙という方法が取られるわけですが、現在の比例代表小選挙区制というやり方は、民意が正しく結果に現れるようなやり方でしょうか?今回の選挙結果を見て、不正が行われたのではないかという意見が多く発信されているのは選挙前の国民の期待値と結果がかなりかけ離れたものになったからです。

そしてもう一つは、投票してから結果が出るまでのプロセスがあまりにもブラックボックス化していて、そこで何がどのようにして数字が出てきたのか全く分からないことに苛立ちを覚えてもいるからです。投票を締め切った数分後にテレビ画面に当確の文字が出たり、自民圧勝かなどと報道されると、いったい何時の間にそれが分かったのかという疑問が浮かびます。その回答が出口調査の結果だということですが、出口調査だって全国各地で調査員が聞き取りをしたものを集計しなくてはならず、いくら速いコンピュータを使ったとしてもそんなに早く結果が分かるはずがないのです。以下、私の推測ですから興味のない人はスルーしてください。

日本という国が戦後ずっとアメリカの支配下にあり、現在も変わっていないことを前提に考えれば、自民党というCIAの傀儡政権として樹立された後は、自民党を通じて間接支配を受けてきました。アメリカの国益に逆らわないという基本的なものを守っていれば、その範囲のなかでの自由はあったのですが、ナショナリズムを強く主張したりアジアの結束を呼びかけたりすれば、どのような地位にあろうと即刻消されてきました。どなたも死因は脳梗塞ですが暗殺であることには違いはありません。

メディアを使った愚民化政策を長らく使ってきましたが、国民も馬鹿ではありませんから、少しずつ真実に目覚めて自民党のやり方に不満を持つ人たちが立ち上がり反自民の勢力が纏まって起きたのが政権交代だったのです。しかし、実際に政権の座についてみると、アメリカからの圧力は尋常なものではなく、自分の政治生命はおろか命までも脅かされるような事態でしたから、多くの民主党議員は変節を余儀なくされました。それまで掲げていた志を悉く覆し、国民に堂々と嘘までつかないと政権は維持できません。棺桶直人や野唾の変節には呆れるばかりです。それでも政治家を職業にしているから自ら野に下るような決断が出来ない哀れな人間の集まりになってしまっているのです。

日本の奥の院(ジャパン・ハンドラーズ)との裏取引で選挙になっても自分だけは再選させることを約束してもらった野唾は同志の大量討ち死にが分かったうえで解散に踏み切りました。選挙結果のシナリオは以前から出来上がっていました。元の日本に戻すには政権を自民党に返させれば面倒はなくなります。アメリカの軍事予算は減らされていますから、兵力を補うためには日本の自衛隊を使うしかありません。憲法を変えるにも改憲政党に議席を配分し力を与える必要があります。

世論調査をしばしば行い、国民の総意は現在このようだとか、意図的に作り出した数字を、あたかも民意のように見せかけて国民を納得させます。選挙の結果が世論調査の結果と似ているのは、どちらも奥の院の意に沿った結果が出るように作り出された数字だからです。そして最後の手口が出口調査と呼ばれるものですが、おそらく調査員は真面目に聞き取りをしたと思いますが、集計そのものがなされていないのではないでしょうか。集計したようにして、予め容易してあった数字を発表しただけです。出口調査の数字とほぼ狂いがないのは、おそらく国民が投票した用紙もコンピュータにはかけられたでしょうが、コンピュータが表示する数字は投票数に応じて候補者別や政党別に割り振られた%によって、はじきだされた数字が表示されるソフトを組み込んでおけば簡単な作業です。全ては最初から決まったシナリオ通りに事が進んだだけです。千葉4区で野唾があれだけ票を集められるわけがありません。あれが本当なら千葉4区の住民はほとんど馬鹿ばかりです。

以上のような推測を下司の勘繰りと呼びますが、何故このような疑いを招くかといえば、現在の集計システムがあまりにもブラック・ボックス化していて、国民の目が届かないように作られているからです。国民は締め切りと同時に結果が分かることを望んではいません。国の方向性を決める重大なことですから、翌日一日を使って人力で仕分け集計してもいいのです。監視人の数を増やすとコストがかかるのであれば、ボランチアでも募集すればいいのです。そして開票の様子はすべて映像記録として残すべきです。国民の願いはどこまでも公明正大な選挙の結果が知りたいのです。公明正大で選挙の結果であれば、自分の意見と食い違っていても受け入れることが出来ますが、いくらでもインチキが出来るようなことで結果が出たと言われても、素直に受け入れることはできません。

インチキがバレることのないように、すでに使われた投票用紙は廃棄さて燃やされたことでしょうから出来ませんが、もう一度コンピュータではなく、人力で集計をやり直せば、違った結果になるような気がします。この選挙は違憲だとして訴訟されたようですが、最高裁も是非選挙のやり直しを命じて欲しいものです。そしてコンピュータなどいう機械は使わずに、すべて人力でゆっくり確実に結果を導き出してほしいと願っています。

追記
今回の選挙の争点は反原発、反増税、反TPPでしたが、それを掲げた政党の票が伸びませんでした。実際に投票所でアルバイトした女性の話ですと、いつもより盛り上がっていて並んで投票を待った人が多かったと言っています。わたしも前回よりは確実に投票は伸びたと思っていますが、結果的に低かったというのは、これらの政党の票の何割かが無かったことにされた可能性が高いと思っています。使われた集票機も同じメーカーの製品に統一されて、同じソフトが使われていた可能性が高いとみています。アメリカ得意のやらせ選挙(inside job)です。

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by 892sun | 2012-12-18 11:52 | Trackback

近藤先生がお亡くなりになりました。

シルバーバーチファンの皆さん、悲しいお知らせです。今月4日、近藤千雄先生がお亡くなりになられたそうです。奥様から年末年始の挨拶辞退のお葉書が届きました。享年満77歳。心よりご冥福をお祈りするとともに、この世でのお仕事を無事終えられ本来の住処に帰還されたことに対し、お疲れ様でした、ご卒業おめでとうと申し上げたいと思います。合掌
by 892sun | 2012-12-17 14:30 | Trackback

出口調査という名のイカサマ

近頃の選挙で不思議に思うのは、投票の締め切り時間と同時に開票率がゼロ%なのに当確が出てしまって、当該候補者の事務所での万歳シーンが報道されることである。あれを視てなんか可笑しいと思わない人は相当に人がいいか、馬鹿である。締め切り時間に合わせて、予め決定している(原稿が用意されている)事項を発表する手はずを整えて、時計を見ながらタイミングを計っている。実際には不可能で、そんなことが出来るはずがないが、その根拠を出口調査の結果だと言い張っている。出口調査の結果が事前に報道機関に知らされているから、驚くような芸当が可能なのである。これってイカサマじゃない?少なくともフェアーじゃないよね。それで結局それが通ってしまう。誰も異議を唱えない。

昨夜も危惧したとおり、同じことが起きた。ため息が出る。ここまで日本人は劣化したのかと。私は、東日本大震災を伴い起きた原発事故後の最初の国政選挙ということもあって、国民の意識がどれほど変化したのか、非常に興味があった。あの災害も国民の意識を大きく変えるのであれば、災い転じて福と考えることもできるからである。ところが、結果だけを見れば、変わるどころか後退したとしか思えない。本当にそうだったら、もう日本に未来なんてない。私には選挙で不正が行われて、正しい民意が歪められたとしか思えないのである。

いったい出口調査とは何なのか?今朝の東京新聞には出口調査で聞き取りをした人数が目につかないように小さく掲載されている、危うく見逃すところだった。男女共、約15万人、総数で30万人から聞いたとある。たった30万人、全国全部の投票所で聞いたのではなく、勝手に聞きやすい所を選んでいる。今回の有効投票者数は約1200万人ですから、4人に一人の割合で聞いたことになるが、この30万人に聞いたという証拠も根拠もない。不思議なのは、選挙前に行われたという世論調査の結果とほぼ同じ結果が出ていることである。

先日も書いたとおり、世論調査のやり方はコンピュータを使って無作為に選んだといっているが、携帯電話は対象とはなっておらず置き電話だけである。置き電話に出られる対象はとても偏っているから、到底民意を反映したもとはならず為政者に都合の良いように改竄されても、誰にも分からない信用ならない調査なのである。改竄しようと思えばいくらでも出来る。その世論調査の結果と今回の結果が似通っているというより、ほとんど同じということに非常に違和感を覚えるのである。

現在の開票は昔のように手作業ではなく、機械が文字を読み取って自動的に振り分けていく。ここに人の作為が入り込む余裕はないが、予め政党別に割り振りを決めた数値をプログラムしておけば、結果はどうにでも改竄できる。不審に思われないためには事前に分かっている数字をプラスマイナスしておけば、選挙区の特性も出るから誰も怪しまない。当選しては困る票の削除した分は投票率が下がったことにしておけばよろしい。開票マシンのプログラムなどの改竄は開票所の監視員では見抜けないだろうから、不正に拘わったという内部告発者でも現れない限り、インチキ選挙がこれからも続くことになる。嗚呼。

民主主義は数の勝負といわれるが、日本の人口は1億2千万人、それに較べて有効投票者数は1千2百万人、たったの1割にすぎない。これだけでも?となるのに、自分のポリシーを持って自分の意志で投票先を決めている人の割合はどのくらいなのだろうか。政治に無関心な愚民化政策は着々と進みB層の割合がどんどん増えてはいないだろうか。こんなことなら、金と時間と労力の無駄だから、見せかけだけの民主主義、選挙制度なんてやめて、国会議員も総理大臣もジャンケンで決めたらどうかね。どうせ宗主国からの政策命令をオールアメリカンの役人どもが粛々と実行するだけだろうからさ。日本に政治家は要らない、誰でもいいんだよ。

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色気のない文章ですので、おまけに写真を貼り付けていますが、こちらへのコメントも歓迎します。
by 892sun | 2012-12-17 10:09 | Trackback



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