ひとりごと、ぶつぶつ

<   2013年 09月 ( 7 )   > この月の画像一覧

死んだ男の残したものは

或る村で名も無い一人の男が死んだ。男には歳の近い3人の息子がいた。死期の近いことを悟った男は、或る日息子たちを枕元に呼んで、死後、遺産のことで争いの生じないように遺言書を読み上げた。

「一つ、長男の一郎には先祖から引き継いだ田地田畑、屋敷など不動産を全て譲る。兄弟で分割してしまっては専業農家として経営が成り立たぬ。長男の義務として、どうか私の跡を立派に引き継いでおくれ。」

「二つ、次郎は勉強が好きで学校の成績も抜群のようだから、学問を修めて世に役立てよ。私の代で稼いだ現金及び流動資産は全て次郎に託す。大学卒業までの学費には不自由しないだろう。」

「三つ、三郎には夢をやろう。私が父からこの家を継いだ時、私は一人子で他にやりたいこともあったが、叶わなかった。父の云い付けに背くことも出来ず、泣く泣くこの土地に埋もれて一生を過ごしたのだ。私が最も憧れた「自由」を三郎にやろう。法律に反するようなことをしなければ、どんな人生を選択しようと、おまえの自由だ、好きに生きよ。」そう言い残して、男は静かに瞼を閉じた。

父親としては、息子たちの性格やら能力を考え、将来を見据えた決断であったが、葬式もすんで一段落したころ、三郎から兄たち向かって不満が述べられた。遺産配分が平等ではないという不満である。確かに物的価値だけから判断すれば不平等であった。父の遺言は絶対であるが、そのことを心苦しく思っていた弟思いの一郎は、三郎の自由と自分の引き継いだ遺産との交換を提案した。三郎がこの家を継ぎ、自分が代わりに家を出るというものである。三郎は喜んで承諾した。

それから幾度も幾度も季節が巡り、今や3人の兄弟たちにも人生のゴールが見え始めていた。

三郎は家長としての立場も引継ぎ、村の役職などにもついて、傍目は立派にやっているように見えたが、地味な百姓仕事は嫌いだったから、家業は妻に任せて政治に関わったり、見当はずれな投資に失敗して、いつしか田畑も少しずつ他人手に渡り、今はほそぼそと出稼ぎ仕事などしながら、生計を立てている。しかし、子宝には恵まれて孫もたくさんできて、それなりに幸せではあった。

次郎はといえば、大学を出て地元の小学校の先生になった。定年は校長として迎えたのだから、たいしたものである。教育は社会建設の根底をなすものである。学問を修めて、世に役立てよ、と言い残した父の教えを忠実に実行した次郎の人生もまた、成功だったのではないか。

家督を捨てて好きに生きる自由を手にした一郎はどうしたのだろうか。一郎自身に人生を振り返って語ってもらうことにしよう。

「家を出ていった時もボストンバッグ一つだけだったし、、こうしてまた、帰ってきたときも昔のように手ぶらで戻ってきた私を世間はどう言うのだろうね。私にとっては世間がどう思おうと関心がないが、静かな村でそんなことが噂にされるのはあなた方には迷惑だろうから、また出かけるが、これまでのことを話しておこう。」

「あれから私は働きながら、全国を回って歩いた。何にでも興味があって、何でも見ておきたかったんだ。そのうち、自分が何がしたいのか分ってきた。親父もそうだったらしいが、私も実は画家になりたかったことを思い出したんだ。それで、レストランで働きながら、美術学校へ通った。それでも納得できなくて、旅費を作ってフランスに渡ったんだ。本場で勉強して認められるのが最高だと思ったんだね。親父の夢を自分が果たしてやるなんて意気込んではいたんだが、さすが本場はレベルが高い。認められるなんて宝くじに当たるより難しいことが分ったよ。名画の模写で餓えを凌ぐような生活を余儀なくされていたんだが、同じような境遇の女性と知り合って結婚した。それで、このままではだめだと二人でアメリカへ行ったんだ。サンフランシスコさ。彼女は菓子作りが得意でね。生活のために手作りのフレンチ・クッキーを売り始めたんだ。これが結構いいビジネスになった。子供も出来てこの頃はとても幸せだったね。でもビジネス上の意見が合わなくなって離婚してしまった。それで私はまた、ボストンバッグ一つを持ってブラジルに渡ったよ。サンパウロの近くに牧場を買ってね。そこで20年ばかり暮らした。ブラジルはいいとこさ、広くておおらかでね。で、そこでも保証した仲間が倒産して牧場は取られてしまった。こここそが終の住みかとおもったけれど、私のような生きかたをする者に終の住みかなんかはなさそうだと気付いてみれば、生まれ育ったこの村が妙に懐かしくなってね。ふらりと帰ってきたと言う訳さ。」

「見渡してみても、私ほどいろいろ経験した人間も少ないだろうね。他人の何倍もの人生を生きてきた気がする。天国と地獄のある遊園地を、ジェットコースターで駆け巡ったような気分さ。人生の目的が体験のためだというのなら、私ほど目的に叶った生きかたをしたものはいないだろうと思うよ。親父の残した遺産を守って、この小さな村で静かに何事も無く一生を終えることもできたのに、三郎のお蔭で本当に素晴らしい人生を送れた。感謝しているよ。じゃあ、またな。」そう言って、一郎はボストンバッグを抱えるとまた出ていってしまった。おわり 癒しのための短いお話したちより

b0034892_10562071.jpg


b0034892_11121461.jpg
「ひとりごと ぶつぶつ」 矢国タテル著、明窓出版、¥1300+税、このブログの過去ログが本になりました。購入を希望される方は最寄の書店に注文されるか、こちらからご注文ください。アマゾンからも注文できます。
人気ブログランキングへ
哲学・思想及びスピリチュアルのジャンルでブログ・ランキングに登録しています。お読みになってよかったと思われたら、バナーのクリックをお願い致します。
個別のコメントにはしっかり対応できていませんが、コメントのやりとりを希望される方はミクシーからアクセスしてください。「やくに」で検索すれば見つかると思います。ご相談のある方はホームページ「マイ・スピリチュアル・ワールド」からお入りください。よろしくお願いします。
by 892sun | 2013-09-29 10:49 | Trackback

エメラルド・タブレット

精神世界の書籍については、もうどのくらい読んできたのだろうか。難解で一度では理解出来ないものや、気に入ったものは何ども繰り返して読んできたから、多分数百冊以上にはなるだろう。もう新たな感動はなかろうとは思いつつ、それでも読んでない本に出会うと心が動く。例えば、このあいだのダスカロス。知識は求めれば、求めるほど深くなり、真理を知れば知るほど、ゴールは遠のいてゆく。

今日、紹介しようとする「エメラルド・タブレット」も不思議な本です。ダーウインの進化論や、宇宙には地球しか人類はいないとか、その始まりがビッグバンだという説、ギザのピラミッドが6千年前に出来たという嘘を、学校で教えられたからと鵜呑みにしているような方にはとてもお勧めできないシロモノなのです。内容も私にとっては素晴らしいの一言ですが、霊的真理をご存知でない方には理解不能でしょう。

だいたい、この本の著者が凄い。アトランティス人トート。これ読んだだけで、常識人はもう腰が引ける。紙に書かれた本ではなくて、鮮緑色(エメラルド色)のイオン化しない永久に変化しない金属板に書かれていて、現在は大ピラミッドの中に戻されていて実物を見ることは出来ない。それが何故陽の目を見ることになったのか。

アトランティスの司祭王だったトートが母国アトランティスの沈没後、古代エジプトにアトランティスの植民地を建設した。このトートが、ケオプスが作ったと誤り伝えられているギゼーのピラミッドの建設者なのである。彼は紀元前五万年くらいから紀元前三万六千年くらいまでの一万六千年にわたって古代エジプトの種族を支配した。彼は不死の人、死を克服した人だった。

彼がエジプトを去る時期がやってきた時、彼はアメンティーの大ホールの入り口の上に大ピラミッドを建設し、その中に自己の諸記録を入れ最高に発達した者の中からピラミッドの多くの秘密の管守者たちを任命した。後にこのピラミッドの管守者たちの子孫がピラミッド祭司となった(ダスカロスも司祭だった。ここで繋がります)

トートは彼が去ってからやってきた暗黒時代に、ピラミッド司祭たちによって、智恵の神、記録の神として祀られた。言い伝えによれば、アメンティーのホールは、地下界、神々の諸ホールとなったのであり、そこで魂が死後裁かれるために通過する処だと言うのである。

さて、時代は下って紀元前千三百年頃は争乱が絶えず、多くの祭司たちの代表団が世界各地へと派遣された。これらの中に、エメラルド・タブレットを護符として持参したピラミッド司祭の一団があった。彼らは南米のマヤ族にアトランティスの智慧を多く覚えていたことを知り、彼らの中に住み着いて、そのまま留まった。

このマヤ族は紀元十世紀に中米のユカタンにすっかり移ってしまい、このタブレットは太陽神の幾つかの大神殿の内の一つの祭壇に隠された。マヤ族がスペイン人によって征服された後は、諸都市は見捨てられ、諸神殿の宝物は忘れ去られてしまった。しかし、今もピラミッド司祭を通じて働いている聖白色同胞団と関係のある筆者(翻訳者・ドリール博士)は、エメラルド・タブレットを再発見して大ピラミッドに戻すように指示された。

筆者は非常な冒険の後にこれを成し遂げ、大ピラミッドに戻す前に、タブレットに刻まれた智慧を翻訳して、その写しを一部取ることを許されたとある。アトランティスに関する記述では、エドガー・ケイシーのものと矛盾しないし、光の子、闇の子の説明で、レプテリアン(爬虫類人間)を彷彿とされる記述もあって、現在の世界を支配している一族は闇の子たちの末裔かもしれない。

エメラルド・タブレット  霞ヶ関書房刊 原著者 アトランティス人トート  英訳・解説 M・ドリール博士  和訳・解説 林 鉄造  ¥1800


土曜日は過去ログの中から、是非もう一度読んでほしいものを選んで再掲しています。

b0034892_10325293.jpg


人気ブログランキングへ
哲学・思想及びスピリチュアルのジャンルでブログ・ランキングに登録しています。お読みになってよかったと思われたら、バナーのクリックをお願い致します。
個別のコメントにはしっかり対応できていませんが、コメントのやりとりを希望される方はミクシーからアクセスしてください。「やくに」で検索すれば見つかると思います。ご相談のある方はホームページ「マイ・スピリチュアル・ワールド」からお入りください。よろしくお願いします。
by 892sun | 2013-09-28 10:28 | Trackback

長生きなんてするもんじゃない。

野生の動物の世界では、自分で自分の食料が獲得出来なくなった生き物たちは、その時点で死を覚悟することになる。それが摂理であるなら、本来は人間も働けなくなった時点で、死んでもいいのである。人生は一度きりではないのだから、その人生に執着する必要はないし、その死を悲しむべきでもない。しかし、我々は他の生物にはない慈悲深い心を持っているが故に、その救済方法を考え出した。

日本でも私のような高齢者が、後10年もすると今の倍以上に増えて、超高齢者社会を形成することが分かっている。こうなると、年齢層のバランスが崩れるわけだから、救済制度の一つである年金制度も、若者たちの負担は増えるが、それを救済する方法は、今のところ思いつかない。

表面上は、誰しもが、年寄りに対しては長生きしてくださいね、とは言うものの、本当は長生きなどしていてもらっては、困ることが多いのである。三浦の爺さんのように、80越しても山に登れるくらい元気ならまだいいが、だいたい元気そうに見えても、身体のどこかに故障を抱えて苦しんでいる場合が多い。年寄りが増えて儲かるのは病院だけである。

ここのところ問題なっている認知症もやっかいな病気である。本人が気付いていない場合があるから、始末が悪い。最悪、事故を起こしてから気がつく。そこで、社会全体が動き出したというわけである。

経済的に余裕のある家庭では有料老人ホームなどの施設に入れることになるが、入る者も入れる者も、何かしら後ろめたい筈である。家庭介護という理想を思い描いていた時期もあったはずだからである。親は子供を自立させ、自分の人生の目的を達成した時点で、この世の御用は終わったのだから、思い通りにならない身体など、早く脱ぎ捨てて死んでいくのが、いちばんいいのだ。

これなら惜しまれて、死んでいくことが出来るが、長生きして認知症を患ったり、身の回りの世話も出来なくて、高い有料老人ホームに入れられれば、月々の負担など考えれば、遺産を貰ったところで足が出る場合もある。早い話、やっかいものなのである。親は早く死ぬほど喜ばれるのであるということを自分自身が自覚しなくてはいけない。

自分がそうなってみて、初めて気付いたことがある。自分の意志で自分の身体が制御できなくなると、自分の、というか人間としての尊厳が保持できなくなってくる。筋肉が衰えて、自分の意志に応えられないことがある。たとえば、下痢をしていると、我慢できる時間が短くなって、トイレに間に合わない。だから下痢をしていたら外出は無理になる。公衆の面前で粗相する可能性が出てくるからだ。

大動脈瑠の手術後、一時期の記憶がすっぽり抜けた。今も人の名前はすぐに忘れるから、私も認知症の症状が出るかもしれない。自分が誰で、何処にいるのかも分からないような状態では、人とは言えまい。排出物のコントロールもままならないようになっては、人間としての尊厳も失われる。私は、そのような状態になっても、生きていたいとは思わない。生か死か選択する意志までも失くしては、最早動物以下である。

b0034892_973777.jpg


人気ブログランキングへ
哲学・思想及びスピリチュアルのジャンルでブログ・ランキングに登録しています。お読みになってよかったと思われたら、バナーのクリックをお願い致します。
個別のコメントにはしっかり対応できていませんが、コメントのやりとりを希望される方はミクシーからアクセスしてください。「やくに」で検索すれば見つかると思います。ご相談のある方はホームページ「マイ・スピリチュアル・ワールド」からお入りください。よろしくお願いします。
by 892sun | 2013-09-27 09:03 | Trackback

目が見えないほうがいいこともある。

入院中はテレビを見ませんでしたが、たいしたニュースもなかったようです。オリンピックが東京に決まったのを知ったのは看護婦さんからでした。汚染水の処理もままならない場所の近くでオリンピックですか。私は見たくもないし、興味もありません。安倍政権の進める政策は1%の外国資本家のための暴走列車に見えます。これまで以上に世の中は酷くなっていきます。

NHKの「八重の桜」を久し振りに視ました。まだ終わっていなかったのですね。国が生まれ変わる激動の時代を生きた八重と覚馬の兄妹。ほとんどの会津人が滅んでいくなかで、逞しく新しい時代に足跡を残すことが出来たのは、八重が女性でありながら、男性以上の才覚と実行力を備えた人物であり、兄の覚馬が生き残ることができたのは、視力を失ったがために、武力ではなく、理力で世の中の変えようとしたことでしょう。

視力を失っても、若い頃学んだ世界観が彼の頭の中には見えていたのです。崩壊していく古い日本の姿はもう見えなくなっていましたが、新しい日本が見えていたために、時の政府に重要なアドバイスをすることができたのでしょう。維新が一段落して、武力に頼った維新の志士と呼ばれた人々が次々と倒れていくのを、覚馬はどう思っていたのでしょうか。

眼底出血はレーザーで焼くことで、視力回復するということでしたので、それほど心配していなかったのですが、私の場合はレーザーで処理した後も視力は元に戻りません。活字はほとんど読めなくなりました。どんどん酷くなっていく世の中をこれ以上見なくてもよろしい、知らなくてもよろしいということでしょうか?私の頭の中には新しい時代の仕組みがどんどん涌いてきますし、見えてきています。私の本名は「サトル」です。覚馬と同じ字が使われています。不思議な縁を感じます。

b0034892_118537.jpg


人気ブログランキングへ
哲学・思想及びスピリチュアルのジャンルでブログ・ランキングに登録しています。お読みになってよかったと思われたら、バナーのクリックをお願い致します。
個別のコメントにはしっかり対応できていませんが、コメントのやりとりを希望される方はミクシーからアクセスしてください。「やくに」で検索すれば見つかると思います。ご相談のある方はホームページ「マイ・スピリチュアル・ワールド」からお入りください。よろしくお願いします。
by 892sun | 2013-09-25 10:55 | Trackback

人生模様

私の入院していた部屋はN5と呼ばれる北側の5階の4ベッドの大部屋です。一晩3万円もする個室のVIPルームもあるそうですが、ここが一番安いので、空き待ちで、退院する人が出ると、すぐに別の人が入ってくる。カーテンで仕切られているだけなので、声は筒抜け。入院してしばらくすると隣人の人となりが分かってきて面白い、というよりは他に楽しみがない。テレビはあっても画像がぼけて見えるので、お金を払ってまで視る気がしない。

先住者は糖尿病の透析患者、身長は私より低いくらいだが、体重は92キロの巨漢。背を丸めて歩く姿はまるで森の熊さんのようであるが、看護婦さんとの言葉のやりとりが軽妙で、看護婦さんたちにも人気がある。糖尿以外にも、病気のデパートのような人で、この病院の常連さんで出たり、入ったりしているらしい。腹膜透析をしていて、24時間透析機を連れて歩いている。この透析機の扱い方を若い看護婦などが患者から教えてもらったりしている。

どうやら焼き鳥屋さんらしいことが分かった。弟も巨漢で、ハンマー投げや砲丸投げで都の大会に出たことがあるらしい。同じく焼き鳥屋を別の場所でやっているらしい。自分も早く治して、また焼き鳥屋をやりたい口ぶりだが、腎臓病が治らない病気であることも知っている。透析まで進んでは、余命は限られている。この人の口癖が、「ダイジョーブ」と「ワリーネ、アリガトウ」。見舞い客のほとんどが夜の蝶と思しき綺麗筋のお姐さんたちだが、日本語が下手だった。看護婦の扱い方が上手いのは納得したが、不思議な生き方をしてきた人物である。人間は悪くないが、業が深そうだ。

対面の隣人は、私より数日後に入った糖尿患者。81歳。本名が芸名にしても通用しそうなりっぱな名前で、何かの職人かと思ったが、老舗の中華料理店の店主だった。こちらも旨いものの食い過ぎから、糖尿、腎臓へと進んで遂に透析。まあ81まで生きたのだから、旨いもの食いすぎたって、悔いはないだろう。哀れを誘ったのは残された老妻で、認知症が出ているので、一人でタクシーに乗って夫の病院へ見舞いのつもりでやってきては、壊れたテープレコーダーの如く、同じことを繰り返し繰り返し話し出す。

何代も続いている老舗なら、住宅も狭くはないだろうに、子供たちは別居しているから、こうした時、困るよね。本当は子供の誰かが同居すればいいのだが、結局はどこぞの施設に入れられることになったようだ。長生きすると、親子ともども不幸だなんて、考えさせられる。

三半規管がおかしいので、手術を受けたいが、血糖値が高すぎるので、とりあえず入院という患者もいた。こいつが酷い自己チュー人間で、驚いた。食事をする時、猫のようにペチャペチャと音をさせて食事をする。60過ぎて、こんな初歩的作法も知らないなんて、どんな人生を送ってきたのだろうか。集団生活をしたことがないのか、良い友人がいないのか。血糖値が高くて入院しているのに、出された食事はペロリ完食するだけでなく、他の人より配膳が少しでも遅れると文句を言う。献立が気に入らないと看護婦やら医者にも噛み付く。糖尿病の初歩知識が分かるDVDを渡したら、イヤホンを付けないで視るので、注意すると切れて、看護婦に噛み付いていた。おかしいのは三半規管だけじゃなさそうだ。

よくよく較べてみれば、私よりも重症の患者ばかりで、こんな人たちと一緒の扱いをされているうちに、本当に寝たきり老人になりそうな気配を感じたので、退院を願い出た。自分の未来の姿を目せられた気がした。私はこんなにはなりたくない。同じゴロゴロでも、家にいれば誰にも気を遣うことなく、動きまわれるが、病院ではベッドを離れること自体に許可がいる。これでは、筋力はさらに衰えるばかりである。家では食事を作るのも自分でしなくてはならない。今は食べたいものを食べたいだけ、食べることで体力の回復を目指している。自転車にも乗ってみたが、乗れそうだ。これで買い物にも行ける。50キロを切っていた体重も増え始めている。

b0034892_11192694.jpg

人気ブログランキングへ
哲学・思想及びスピリチュアルのジャンルでブログ・ランキングに登録しています。お読みになってよかったと思われたら、バナーのクリックをお願い致します。
個別のコメントにはしっかり対応できていませんが、コメントのやりとりを希望される方はミクシーからアクセスしてください。「やくに」で検索すれば見つかると思います。ご相談のある方はホームページ「マイ・スピリチュアル・ワールド」からお入りください。よろしくお願いします。
by 892sun | 2013-09-24 11:12 | Trackback

戦場の天使たち

前回の入院と同じように、今回も腎不全による排水機能不全で、胸に水が溜まって横になると咳き込むので、睡眠ができなくなりました。病名は肺水腫と書かれていました。同じような症状なので、入院時も同じ扱いだろうと思っていたのですが、前回よりは足元が弱っていたので、一人での歩行は禁止され、トイレにも付き添いがないと行けません。完全介護というやつで、これはかなりきついのです。

介護にあたるスタッフは全員、親切で、優しくて、美人で、申し分ないのですが、なにしろ数が足りない。ナースコールは鳴りっ放しです。トイレだけは我慢出来ませんので、コールしますが、他のことでも何でも頼んで下さいとは言われているものの、頼めません。もう少しスタッフの数を増やしてあげないと、彼女たちが可哀想です。

何も出来ないまま、ベッドの中で、つくずく思いました。仕事もいろいろあるけれど、彼女たちのように、3Kを越して損得を考えずに必死で働く仕事もあれば、右の数字を左に移したり、書き換えたりするだけで懐を豊かかにして、汗もかかずに威張ってるやつらもいるのですが、どちらかの人生を選ぶとしたら、多くの人が後者を選ぶことだろう。しかし、正しいのはどちらだろうか。

彼女たちは生まれる前からきっとそのことを知っていて、弱者のために尽くすために生まれ、今、その目的を果たしている成熟した魂の持ち主たちなのだ。医者たちよりは報酬は少ないかもしれないが、天に口座が開かれお金には換えられない報酬が積み立てられていることを私は知っている。それこそが人生の大目的であるからだ。戦場の天使たちよ、私にはあなたがたが光輝いて見えたよ。有難う、お世話をかけました。

b0034892_11144443.jpg


人気ブログランキングへ
哲学・思想及びスピリチュアルのジャンルでブログ・ランキングに登録しています。お読みになってよかったと思われたら、バナーのクリックをお願い致します。
個別のコメントにはしっかり対応できていませんが、コメントのやりとりを希望される方はミクシーからアクセスしてください。「やくに」で検索すれば見つかると思います。ご相談のある方はホームページ「マイ・スピリチュアル・ワールド」からお入りください。よろしくお願いします。
by 892sun | 2013-09-20 10:52 | Trackback

退院しました。

昨日、退院致しました。皆様にはたいへんご心配をおかけしましたた。コメントをいただいた多くの方々にも感謝しています。まだ、体調はヘロヘロで、ブログからの発信が出来るまでにはなっていません。もう暫らくお待ちください。やくに
by 892sun | 2013-09-18 16:33 | Trackback



この世の仕組み、本当の生き方はもう分かりましたか?地球は次元が変わります。準備は整っていますか?心霊研究家のつぶやきに耳を傾けてください。
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30
以前の記事
2016年 12月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 11月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 11月
2014年 09月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月
2005年 09月
2005年 08月
2005年 07月
2005年 06月
2005年 05月
2005年 04月
2005年 03月
2005年 02月
2005年 01月
2004年 12月
2004年 11月
2004年 10月
2004年 09月
home page
最新のコメント
書き込みをさせてもらって..
by 芋野幹子 at 08:49
こんばんは。私も2012..
by ワンコロ at 23:11
あるんです 祈りの..
by 京都府より 田中 at 21:43
お久しぶりです。Drea..
by Dream at 02:21
初めまして。以前からブロ..
by リュウライザー at 23:23
ライフログ
最新の記事
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧