ひとりごと、ぶつぶつ

はなちゃんの憂鬱なる日々

高倉俊夫の「健さん食堂」は東名高速の某インターから降りて旧東海道へ入る交差点の角を左に折れたところにある。若い頃東京のさる有名とんかつ店で修行して地元に帰って開店したとんかつが売り物のレストランだが、場所柄長距離トラックの運転手相手なので、注文があればカレーライスから麺類までなんでもござれの大衆食堂として繁盛している。風貌もおよそ似ていないし、苗字が高倉というだけで俳優の高倉健とはまったく関係ないのだが、なぜか友達から健と呼ばれてその気になって店の名にも付けた。

その高倉のところに小学生のときからの遊び仲間で、今は消防団長をしている杉田から電話が入った。
「健ちゃんよお、オレだけどさ。ちょっと頼みがあるんだわ。後でちょっと寄らせてもらうね。」
杉田は用件は後で話すとすぐに電話を切った。食事時で忙しいことを知っているからだ。昼過ぎてしばらくたった頃やって来た杉田はといえば、なんと可愛らしい子豚を車から降ろしたではないか。
「いやあ、参っちゃったよ。」と杉田は言う。
「消防団の地区対抗の野球大会で優勝してMVPに選ばれたのはいいんだけれど、ほれ、これが賞品なんだわ。誰かシャレで考えたんだろうけど、オレまだ一人もんだしマンションじゃ、豚飼えんもんなあ。健ちゃんにあげるから貰ってくれない?健ちゃんとこなら場所もあるし、餌だって残飯出るし、大きくなったら食べちゃえばいいんだしい。」と、犬用のケージに入れた子豚をほとんど有無を言わさず置いていった。まあ、昔から何かあればそういう仲なので仕方ない。

どんな動物も赤ちゃんというのは可愛い。ペットにするような動物はもちろんのこと、爬虫類だって赤ちゃんのときは可愛い。豚の赤ちゃんもピンク色の肌、つぶらな瞳と実に可愛いのである。豚の肉はいつも扱ってはいるものの、これほど生きた豚の赤ちゃんが可愛いとは知らなかった。高倉はさっそく裏庭の一角に柵を作って豚の飼育を始めた。メスだったので「はな」と呼ぶことにしたが、魚屋が水族館で泳ぐ魚を見てうまそうに思えるのと同様に、高倉にはいくら可愛くても豚は豚。大きくなって太らせたらとんかつにして客に出す算段だったから、杉田の申し出には困るどころかむしろ喜んでいた。


「健さん食堂」の客はほとんど常連客で占められているから、庭の駐車場の一角に「とん舎」が出来ればすぐ客に知れ渡る。そこに実に可愛い豚が飼われているとなると、もう誰もが自分の豚の如く餌をあげたり、リードをつけて散歩に連れまわしたりでと、たちまち人気者になってしまった。トラッカーというのは孤独な商売であり、定期的に餌やりをしなくてはならないからペットは好きでも飼うことが出来ない。それが、いきつけの食堂でその真似事が出来るのだから、はなちゃんは大もて、プレゼントは山のように集まり、散歩の相手はじゃんけんで決める騒ぎとなった。はなちゃん効果は売り上げにも当然影響して高倉には瓢箪から駒といったところ。

豚が成長して大人になるには約一年ほどかかるのだが、はなちゃんが来てから数ヶ月が経った頃、豚イコールお肉と思い込んでいた単純高倉もはっと気がついた。こんなにみんなから愛されて可愛がってもらっているはなちゃんを食べられるわけがない。最初は日ごと太っていくのを楽しみにしていたが、餌をあげるたびに甘えられ情が湧いてきて、これは大きくなってもとても食べることなどとても出来ないと悟ったのである。ペットとして飼っているのだから当たり前のことだ。犬や猫を食べようとして飼っている人などいない。

はなちゃんとしましても、たとえ豚だろうとペットになったのだから食べるなんて発想はもうすぐにでも捨ててもらいたいのだが、根っからのトンカツ屋の根性がときどきちらちらと目つきに出るのである。ご主人さまとはいえ、日ごと肉付きが良くなってますますグラマーな肢体になっていく自分の体を追う視線が実に助べえっぽくていやらしい。はなちゃんの憂鬱な日々である。終  癒しのための短いお話たちより

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by 892sun | 2013-03-31 10:19
<< 重力を制御できた人たち 体質が変わってきているのかな >>



この世の仕組み、本当の生き方はもう分かりましたか?地球は次元が変わります。準備は整っていますか?心霊研究家のつぶやきに耳を傾けてください。

by 892sun
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