我が宗主国では、15年にわたって植物人間となっているシャイボさんという女性の延命措置について藪様までもが働いておいでにならるようですな。さすが、キリスト教原理主義者と申し上げたいところですが、聖書の文言は一言一句たりとも間違ってはおらぬと信じてはいても、死とはいかなることか、ご存じないから延命することが彼女のためだとでも信じておられるのでしょう。15年も不自由な肉体に魂を閉じ込めておくことこそ地獄だとは思いませんのか。早く自由な大空に旅立たせてあげたいとはおもいませんのか。死ぬことを神に召されるとかなんとか言いながら、本当は永遠の別れであり無になることだと信じておられるからではないのですか。人気取りなんて色気は出さずに裁判所の言うとおり自然にまかせればよいのです。過剰な医療は本人を苦しめるだけです。死とは生命の次元移行なのです。死とは生まれてくる前の世界に戻るだけのことです。死とは生命進化のプロセスに過ぎません。死は誰にも訪れるます。死は悲劇ではありません。早いか遅いかの違いだけです。主よ、主よと言うほどには神を信じていませんね。命に関わることは神の御手に委ねなさい。大腸菌一つでさえ作れない人間がどうして偉そうに死にだけは関わろうとするのでしょう。シャイボさんの両親をはじめとする周りの人たちが、生命とは永遠であり、死とはいかなることか理解できていれば、おそらくこのようなことはニュースにもならなかったはずです。