ひとりごと、ぶつぶつ

第29話 小さな聖者

私の小さな教会は、マニラ郊外、スモーキーマウンティンと呼ばれるゴミ捨て場の近くにある。ここでは日曜日の夕方だけだが、近所の恵まれない人々にささやかな夕食を差し上げている。住む家を失ったり働けない人や、親のない子供たちが2,30人ほどやってくる。本来なら毎晩でも提供したいところなのだが、豊かとは言えない財政状態をやりくりしたり、たまに篤志家からいただく寄付だけが頼りでは、これが精一杯というところなのだ。

カップ1杯のスープと一切れのパンに集まってくる人々の中にティムと呼ばれている少年を見かけるようになったのは、つい半年ほど前のことだった。給食の列が終わるころにすっとどこかから現れて、いつも最後にスープとパンをもらって帰っていく子がティムだった。最後の人が済むのを待って現れるのだから、きっとどこかで見て待っているのだろうが、一番最初に並んだことはなかった。一人スープ1杯パン一切れということになっているが、何度か同じ子が並ぶこともある。多分家で誰かが待っているのだろう、責められないことだった。したがって、だいたい間に合うようには作るのだが、日によっては足りなくなることもある。断腸の思いで帰ってもらうこともあるのだが、そんな時もティムはモノ欲しそうな態度をあからさまにするでもなく、悲しそうにするでもなく淡々として、いつのまにかいなくなってしまう。

私は、そんなティムのことが気になって、いつしか彼のために一人分を別に確保しておくようになった。しかしある日、列の最後の一人に配り終わり、ティムが柱の影から現れて、私の確保しておいたスープとパンを渡そうとした時だった。一人の少女が息せき切って駈け込んできた。もう配るものは残っていなかった。そのことを知っていたティムは、自分の受けとっていたスープとパンを当たり前のようにあっさりとその少女に差し出したのだった。ここに集まる人々は皆餓えているのだ。少しでも食べ物があれば、少しでも他人よりは多く食べたい人々なのだ。何ということだろうか。私はこのとき、このティムという少年に猛烈に興味を感じた。

「いいの?今晩はもうなにもないんだよ。」と私は言った。
「いいんです。慣れていますから。あの子は僕より辛そうだから。」と、ティム。
「そうかい、じゃあ私も今晩は君に付き合うことにするよ。」と私。

ティムのお母さんは、ティムを産んですぐ外国へ働きに出たまま連絡が取れなくなっているということだった。育ててくれた祖父も今は病気勝ちで、ティムがスモーキーマウンティンで金目のものを拾ったり、ときたま葬儀のときの墓地の掃除でもらうチップでなんとか生活しているという。もちろん学校へはいっていないが、話してみるととても聡明な少年だった。ちゃんとした家庭に生まれちゃんとした教育を受ければ、間違いなく立派な社会人として成功を収めるだろう。私はますますティムのことが好きになり、養子として引き取りたいと考えるまでになっていた。ティムに話してみた。

「お気持ちには感謝しますが・・・。」とティムは大人びた口調で言った。
「僕はそんなに長く生きられないようなのです。生まれつき心臓に障害があって手術すれば治ると聞きましたが、そんなお金はありませんし、いつ戻ってきても良いと言われていますし・・・。」
「えっ、何処へ?誰に?」と私は聞き返した。
ティムは祭壇の後ろに飾ってある十字架上のイエスを指差して、
「あの方が。」と答えた。
「君はあのお方に会ったことがあるの。」
「はい、眠ると夢の中でお会いすることが出来ます。僕はやり残した事があったので生まれてきたのですが、もう済んだそうなので、まもなくあの方の元へ帰ります。」
「帰るって、死ぬことだって知っているの?怖くはないの?」
「もちろんです。死ぬことは少しも怖くありません。なぜ生まれてきたのか、なぜ死ぬのか皆あの方に教えていただきました。今はいつその日が来るのか、いつこの不自由な体から解放されるのか、楽しみなぐらいです。」

そう自信を持って言い切るティムを見ていると、私には彼がなりは小さいが光輝く聖人のように見えた。聖職者として生きてきた自分がなぜか、その時ばかりは小さく感じられたのだった。           おわり

            ご感想をお待ちしております
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秋色に染まる恋人たち2
by 892sun | 2007-11-21 10:31
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この世の仕組み、本当の生き方はもう分かりましたか?地球は次元が変わります。準備は整っていますか?心霊研究家のつぶやきに耳を傾けてください。
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