ひとりごと、ぶつぶつ

鬼神が降りた

鬼神が降りた_b0034892_975595.jpg私があまりオリンピックに興味を示さないのは、身体能力の高い者たちが、その能力を競うことには、意味を感じないからである。今回の大会も、日本選手にはあまりサプライズはなく、連覇で金メダルというのが多い。しかし、テレビをつければ、放映しているから、なんとなく見てしまうというのが実情。

昨夜もまた、女子ソフトボールを同じように見ていたが、これは感動しましたね。明らかに実力も身体能力も格上の相手に対して、気力で立ち向かって奇跡を起こした。エースの上野は三連投だが、気力に溢れ、その顔つきを見ていて、鬼神が乗移ったのかと思ったぐらい凄かった。

身体能力が強いものが、勝つのは当たり前のことで、そこを技術や気力でカバーして、能力の劣るものが強いものを倒すから感動が生まれる。
チームプレーが必要な場合は、全員の気力が相手を上回らないと、そうはならない。日本チームは上野選手を軸にして、実力を気力が上回ったのだ。そうした時、鬼神が降りてくる。

耐えて有終V 『ソフトはずっと続く』 選手一丸、復活へ奮起 2008年8月22日 07時06分

 「五輪でソフトはなくなるけど、ソフトはずっと続く」-。無敵の米国をねじ伏せ、悲願の五輪初金メダルを獲得したソフトボール日本代表。二日間で三試合、計四百十三球を投げ抜いたエース上野由岐子投手(26)らナインの闘志は、同競技最後の五輪で強烈な残像を日本中のファンの心に焼き付けた。 (北京・鬼木洋一)

 米国の最後の打者を三ゴロに打ち取ると、マウンド上で上野投手と峰幸代選手(20)のバッテリーが抱き合った。叫び声を上げながら選手全員が集まる。どの顔も、歓喜でくしゃくしゃ。一塁近くで、斎藤春香監督の胴上げが始まった。

 「ばんざい、ばんざい、ばんざい」-。

 選手としてアトランタ大会から三回五輪に出場した同監督は「自分は銀が最高だったけど、この子たちには金を取らせたかった」と声を詰まらせた。

 「四年間この日のためにやってきた」。どんなピンチでも表情を変えない上野投手が涙でほおをぬらした。

 二日間で二十八回を投げきった日本代表の大黒柱。ただ、この日は「上野頼りの日本」という評価を覆す打線の頑張りもあった。

 米国が満を持して送り出したエース、オスターマン投手の高めの球を次々に弾き返す。凡打を繰り返し、上野投手をもり立てられなかった前日の米国、オーストラリア戦とは、まるで違った。

 「(チームの全員が)きっちりとできることをやる」。「打倒米国」を語る時、斎藤監督が必ず口にしていた言葉。その通りのプレーを、五輪最後の試合で実践できた。

 次回のロンドン大会では、ソフトボールは実施競技から外れる。米国ばかりが金メダルを獲得することが一因になったとされる。米国を打倒することがソフトの五輪復活の種火となる。そんな一縷(いちる)の望みがナインの奮起を促した。

 主将の山田恵里選手(24)は言った。「五輪からはなくなるけど、ソフトはずっと続く。この金メダルが新しい第一歩になる」

 上野投手も「二〇一六年(開催の五輪)での復活に期待して、次につなぐつもりで戦った」と強調し、斎藤監督は「(ロンドン大会からの除外は)区切りではあっても、終わりではない」。

 未来の選手のためにソフトボールの魅力を伝えたい-。頂点を勝ち取った勇姿には、そんな共通のメッセージが込められていた。

■『夢もらった ありがとう』 上野投手の両親涙

 ソフトボール決勝で日本が勝利を収めた瞬間、スタンドで日本人チームの応援団は総立ちになり、割れるような歓声が北京の夜空にこだました。

 四回表、山田恵里選手が本塁打を放つと、母文子さん(54)は「もう最高!」と大喜びした。

 そして悲願の金メダル。上野由岐子投手の父正通さん(54)は、隣の母京都(みやこ)さん(52)と抱き合い喜び合った後、しばらくは涙で言葉が出なかった。「気力で投げたと思う。これだけの雰囲気の中で、やってくれたのが一番うれしい。抱き締めてあげたい」と正通さん。

 京都さんは日本を出発する前、上野投手に「あなたは金メダルに向かっていくけど、わたしたちにはあなたの存在が金メダル」と書いた手紙を渡したという。「本当に金メダルを取ったんですね。子どもに夢を与えてもらった。ありがとうと言いたいです」と笑顔で話した。 (北京・高橋治子)

■恩師の目にも涙 宇津木元監督

 テレビ解説者としてスタンドで観戦したソフト日本代表元監督の宇津木妙子さんは、日本が頂点に達したのを見届けると、「上野に尽きるね。良かったね、四年間のね…」と言葉を詰まらせた。

 宇津木さんがルネサス高崎の監督をしていた時、「厳しい練習がしたければうちにきなさい」とスカウトしたのが上野投手だ。

 試合後、上野投手がスタンドの宇津木さんを見つけると、金メダルを高く掲げながら「かんとくー、かんとくー」と跳びはねる。上野投手にとって、宇津木さんは今も「監督」だ。その笑顔を見て、宇津木さんはもう声が出ず、ただ泣くばかりで球場を後にした。 (北京・平岩勇司)

(東京新聞)
by 892sun | 2008-08-22 09:06
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