ひとりごと、ぶつぶつ

2007年 11月 23日 ( 1 )

第31話 片目のジャック

桜の季節も終り、すっかり葉桜になったころ、やはり葉より先に花を咲かせるマグノリアが、あちこちの庭先で品の良い紫色の大きな花を咲かせる。僕はこの季節になるときまって、片目のジャックのことを思い出す。

あれは僕が上京して、3畳のアパートで一人暮しを始めたころのことだった。僕は昼間は米人家庭のハウスドライバーとして働き、夜はコマーシャルデザインの勉強をするために学校へ通っていた。

いつごろからか、近所で見かける猫たちのなかに、喧嘩でもしてつぶしたのだろうか、右目だけの黒猫がいるのに気がついた。体は小さいのにいかにも気が強そうで、僕と目が会っただけで反射的に身構えて、片目だけで鋭く威嚇するのだった。生まれたときから人間に関わっていない、いわゆる天然野良の猫は人は寄せ付けないし、敵意さえ持っているように見える。

生まれ育った環境に適応して生きれば楽なものを、若さゆえに、ただ、自分の夢だけを信じて頼るものさえいない大都会の真っ只中へ出てきてしまって、一人立ち尽くす僕にとっては、野良として東京砂漠のなかで平然として、当たり前のように生きている誇り高いこの黒猫に敬意さえ覚えて、ジャックという名前をつけた。

ジャックは僕のことなどまるで無視していた。合うたびに声をかけたり、猫の好きそうなものがあれば投げてやったりしたが、見向きもしなかった。僕はなんとかジャックに気に入られようと、部屋の窓の外にお皿を置いて食べ物を取り替えながら、食べてくれるのを根気良く待った。しかし、ほとんどはカラスのえさとなっていた。

一、ニヶ月した頃、なんとはなしに窓の外に気配を感じて、僕は窓を直接覗くのをやめてアパートの裏手にまわり、こっそりと自分の部屋の窓の外を見てみると、ジャックが僕の出しておいたエサを食べていた。とうとうやったね、僕はとても嬉しかった。

それからもジャックはしばしば僕の出しておいたものを食べてくれるようになった。しかし、僕が顔を見せようものなら決まって素早く姿を隠すように逃げてしまうのだった。そんなやりとりを続けながら、僕はジャックとの距離が少しずつではあるが縮まっていくのを感じていた。

いつからか、ジャックは僕が窓辺に顔を出しても逃げなくなった。でも3メートルぐらいが限度だった。それより近ずいたり、窓から体を出そうものなら、すぐに後ずさりしたり、一定の距離を保とうとしてしまう。いつしか僕はジャックをなでてみたり、抱いてやりたいと思うようになっていた。

ふいにジャックが姿を見せなくなった。1週間たっても2週間たってもジャックはあらわれなかった。どこへ行ってしまったのだろうか。どこかで事故にでもあったのだろうか。不安が脳裏を過ぎる。ひとりぼっちの僕は親友をなくしたようで、とても悲しかった。

1ヶ月はとうに経っていたと思う。やっとジャックが姿を見せた。しかし、なんとも変わり果てた姿になっていた。痩せて傷だらけだった。汚れた体毛が傷口にこわばりついて異様な生き物のように見えた。片方だけの眼光もすでに消えうせ、僕があわてて作った食べ物を食べる元気さえないようだった。今までどこへ行っていたのだろうか。

すぐに病院へ連れていってやりたかったが、そんなになってはいても僕が触ろうとすることは許さなかった。手を出そうとすると腹の底から搾り出すようにして唸るのだ。僕はダンボールの箱に衣類を敷いて窓の外に置いた。そこで休んでもらうつもりだった。ごめんよ、僕にはこれぐらいのことしか出来なくて。

ジャックはダンボールの箱の中で3日ほど生きていた。明け方のことだった。ニャーオーという鳴き声に目を覚ました僕はすぐにジャックの様子を見に行った。もうぐったりとして動くこともなかった。死んだことがわかった。僕はやっとまだ暖かいジャックの体を初めて抱いた。そう言えばジャックの鳴き声を聞いたのも最初で最後になった。

僕の部屋は、三畳一間の小さな部屋だったが、窓を開けると外にはマグノリアが大きな美しい花をいっぱいに咲かせているのが見える。僕はこっそりとジャックをマグノリアの木の根元に埋めた。まもなくして僕はそのアパートを引き払った

あれから幾たび季節は巡っていったのだろう。季節のない街と歌にも唄われた砂漠のような街で僕は生き続けてきた。人は所詮一人では生きてはいけないように言われるけれど、結局は一人で生きていくしかないのも事実だと思う。マグノリアの季節になるたび、ジャックのことを思出しては、なんとか一人でも生きてこられたことを感謝している。終

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秋色に染まる恋人たち4
by 892sun | 2007-11-23 10:27



この世の仕組み、本当の生き方はもう分かりましたか?地球は次元が変わります。準備は整っていますか?心霊研究家のつぶやきに耳を傾けてください。
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